番外
□Beautiful Ruins
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悲劇のヒロインぶるつもりはないけれど
私の人生は
いわゆる
不幸の連続だ
両親がギャンブル狂いというのは、そう珍しくもない話だろう。
父は競馬、母はパチンコ。
もちろん、出るばかりのお金。
挙句の果てには借金。
膨れ上がる金額に関係なく、まともな生活なんてのは、一度たりとも送ったことがない。
食べるために万引き、それでも足りない時はゴミを漁る。
小さい時からそうだった。
だからか、これが普通なんだと思っていた節もある。
あぁ、まともじゃないんだと つくづく思わされたのは、中学2年の時。
借金を減らすためと、無理矢理からだを売らされた。
のしかかる男の重みや匂いに何度 吐こうと、恐怖や痛みで 何度 叫ぼうと、見向きもせず貰った金を数える両親。
これは普通じゃない。
同じクラスの女子は、こんな目に遭っていない。
私ばかりが、この両親のせいで、こんな仕打ちを受けている。
ドロドロと、黒い液体に心が溺れる。
しかし、いくら恨みや憎しみを抱こうと、結局は生きるため、食べるためだ。
私が我慢することで、家族が暮らしていける。
そう、何度も自分に言い聞かせた。
ところが、想いとは裏切られるもので、入ったお金も綺麗にギャンブルに消え、自己犠牲の無意味さを教えられた。
流れる涙と共に、
2人を親と思うことをやめた。
酒が入っても入らなくても、日常的に振るわれる暴力。
常に襲う空腹。
何度も汚される体。
こんなクソの生活の中、逃げることも死ぬこともなかったのは、ただ、弟のため。
7つ離れた弟を、1人残していくことは、考えられなかった。
小学校へと上がり、憧れのランドセルは赤い、私のお下がり。
それでも迷わず背負い、跳ねて喜ぶ、そんな弟。
きっと、学校で良い思いはしなかっただろう。
もしかしたら、いじめられていたかもしれない。
しかし、一度だって彼の笑顔は曇ることなく、私の空っぽの心を満たしてくれていた。
私にとって、かけがえのない存在。
だからこそ、私は彼を全力で守った。
客が来ている間や、2人の機嫌が悪い時は、決まって弟を外に出す。
私が目印の、赤いマグカップを窓に置くまで、絶対に帰ってきてはいけないと、何度も言い聞かせた。
すべてが終わり、目印を置き、少ししてから、控えめな音とともに扉が開く。
彼には重い、錆び付いた扉を、小さい体ぜんぶでやっと押し開け、真っ先に汚れ切った私に駆け寄り、抱きつく、細い 細い 腕。
冷え切った髪を撫でると、温かい笑顔が返ってきて、少し怯む。
「あんた、いつも笑顔だね。
辛い時はさ、別に無理して笑わなくたっていいんだよ?」
弟は首を振る。
「そういうときこそ、笑わなくっちゃ!
あのね?笑うと、幸せになれるんだって。
だからね、ボク、たくさん笑うの!
そんでね?ねぇちゃんのぶんも、
たくさん、たくさん、笑うから、
だから ねぇちゃん、
ぜったい幸せになれるよ!」
信じてやまない満面の笑みを浮かべ、ぎゅうっとより一層 強く、私を抱きしめる。
本当に、この子には敵わない。
せめて、これだけは勝ちたいと、きつく きつく抱きしめ返す。
苦しいだろうに文句も言わず、代わりに彼は 夢を呟いた。
「ねぇちゃん、ボク、お医者さんになる。」
「ん、そっか。あんたは賢いから、きっとなれるよ。姉ちゃん、楽しみにしてるね。」
「お医者さんになったら、ねぇちゃんのケガ、すぐなおすよ。こころがいたいのも、きっと、ボクがなおしたげるから。」
そういう彼の顔は、腕の中に隠れて見えなかった。
けど、その勇ましい声から容易に想像できて、ふっと、頬が緩む。
と同時に、泣きそうになる。
私には、この子だけいればいい。
それこそが、私の幸せ。
だからどうか、この子の望む幸せも叶いますように。
この時の私は、叶うと当然のように思っていた。
私が高校生になった頃。
どうしてだろうか。
思春期特有の反抗心だったのかもしれない。
今まで口に出さなかった「もう体を売りたくない」だなんて言葉で、逆らってしまった。
もちろん、許されるはずがない。
体罰を遥かに超えた、容赦のない暴力。
女の「これから客が来るんだからほどほどに」なんてセリフを背に受けるも、男の力は少しも緩むことはなかった。
やれやれと息を吐き、女は手にしていたカップを置く。
止めてくれるんだと思った。
けど、違った。
女は「腕の1本くらいはいいさね」と、足を上げ、下ろす。
ミシッ、ミシミシッ
振り下ろされる度、骨が軋む。
叫ぶと口に靴下を詰め込まれた。
男の拳が、こめかみにめり込む。
視界が赤く染まり、体の感覚がなくなる。
このまま殺されるのか。
ゴミにゴミみたいな扱いされて、死ぬのか。
私の人生ってなんだったんだろう。
生まれてきたのは何故?
こうやって死ぬため?
ほんと、どうしようもなく最低な人生。
殺られるくらいだったら、殺ってしまえば良かったのに。
…まぁどうせ、時を戻れたとしても、出来やしないだろうけど。
所詮は子。
このゴミな両親の、子供なんだ。
いくら憎くても、私に親は殺せない。
刷り込まれた無意識。
だけどせめて、あの子だけでも、
弟だけでも
どうか生き延び―――――
「やめろぉっ!!」
ドンッと、後ろから何かに押され、男はバランスを崩す。
その場にいる人間の視線が、男の左足へと集まる。
「ねぇちゃんをっ!!いじめるなぁっ!!」
鼓膜を揺さぶる、幼い声。
男の足に突進したのは、弟だった。