本編

□第十三話
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それから俺達は、俺達の家に帰った。






俺が「お帰り」と言い、

君が「ただいま」と言う。





とても暖かく、安らぐ この家。





でも、そんな明るく楽しいだけの日々じゃない。



俊は、毎日もがき苦しんでいた。



時々、殺してくれと叫ぶ彼を見て、何もできない自分が情けなく、自分を責めた。




けど、君が笑ってくれる、君が幸せだと行ってくれる、そのお陰で、俺は自分を嫌いにならずに済んでいた。





君とずっと一緒にいられるなら、どんなに苦しむ君の姿だって、俺は見ていられるんだ。










「俊、おはよ。」





カーテンを開ける。


窓から日の光が入り、薄暗かった部屋を照らす。


外では雪がパラパラと降っていた。






俊が帰ってきて、8ヶ月が過ぎた。


もう すっかり冬だ。



この前の検査の結果を見る限り、この冬が勝負だろう。





俺がボーッと、窓から雪を眺めていると、俊がゆっくりと体を起こした。





「俊、夜中に唇 噛んでたでしょ。

 切れてないみたいだから良かったけど、今度から噛んじゃダメだよ?別に、声出したっていいんだから。」





キョトンとした俊の顔。

まったく話が分からないといった様子だ。



寝ボケてるみたいだな…





「俊、まだ眠いの?もう少し寝る?」



「………」



「俊…?」





いつまでも返ってこない返事。



彼の“こいつは誰だ”と言う顔。





まさか、まさか――――






「俊…!?俺だよ、直人だよ…!!」





肩を掴んで、必死に自分の名前を告げる。



するとやっと、俊の表情が緩んだ。





「あ…なおと、直人…」



「俊…」





記憶力の低下なんてもんじゃない。


彼の脳は、確かに破壊されていた。


ここまで症状が重くなるなんて、考えてもいなかった。



そして、これに一番ショックを受けたのは、彼だったのだろう。



自身が俺の名前を思い出せなかったことを理解すると、彼は立ち上がり、パジャマのまま外に出ていってしまった。





すぐさま追いかけて、公園まで行って、やっと追い付いた。


と言うより、俊は公園のブランコにポツリと座り、俺を待っていた。




その姿は、今にも消えそうなくらい、力が感じられなかった。





「俊…帰ろう。風邪引いちゃうよ?」





俊に黒いダウンジャケットをかけ、そう声をかけると、俊は立ち上がり、すぐさま歩き出した。







雪を踏みつけて、歩いていく。



公園には、俺と俊の足跡以外ない。



真っ白な世界を、2人で一緒に壊していく。




俺は、俊の後ろをついて歩く。



滑り台の所までくると、俊は立ち止まった。





「お前と初めて会ったのは…いつだっけ。」



「3年前の春だよ。ホラ、桜が綺麗で…」





俊は振り向いた。





「そこに行きたい。

 …連れてってくれ。」



「でも…今は咲いてないよ?」



「いいんだ、それでも。だから…早く連れてってくれ。」





俊の眼差しは真剣で、何か覚悟したような表情だった。



どうして行きたいのかも、何のために行くのかも、分からない。



でも、君は行きたがっている。





  俺達は歩き出した。





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