本編

□第五話
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「仕事行ってくる。」




俊はマフラーを首に巻きながら言った。




「ここの所ずっとだね。…大丈夫?」




朝5時に仕事に出て行き、夜中の3時に帰ってくる俊。


体が持つはずもない。


だけど笑顔を絶やさない、今日この頃。




「大丈夫だって。それにヤバくなったら、お前がいるし。」



「“元”医者だもんね。」



「はいはい、頼りにしてますよ。“元”お医者さん。

 んじゃ、行ってきます。」




俊はドアを開けた。

冷たい空気が家の中に入ってくる。




「行ってらっしゃい。」




そう言ってやると、俊は目の下のクマを擦りながら、それでもニコニコ笑ったまま、外へ出て行った。


俊の手が離れると、強い北風の力でバタンと勢いよくドアが閉まる。





急に、家の中がしんと静かになる。



    寂しい



俺はいつまで、この時間に耐えられるのだろう。




俊が体を壊すのが先か、俺がこの寂しさに押し潰されるのが先か…




「俺って、こんなに寂しがり屋だったっけ…。はは、変なのぉ。」




今まで1人だったのに、どうしてだろう。


慣れてしまった。




   賑やかな時間

   戻れない孤独








いつまでも玄関に立って俊が帰ってくるのを待っている訳にもいかないので、洗濯をすることにした。




まずは洗濯物をかき集め、洗濯機に放り込む。


次にボタンを押す。


中で俊と自分の服が回転する。


ガタガタと、洗濯機は揺れ動く。


その様子を見ていると、少しほっとする。



少しだけ寂しさが軽くなる。




     あぁ

    なんて俺は

 寂しい人間なんだろう










  『水色人間さん。』


笑いながら、初めて会った時に彼女に言われた事を思い出す。



  “孤独で寂しい色”

が、水色なんだそうだ。




そして俺からは、その色が染み出しているとか…




「懐かしいなぁ…。」




以前なら、こうして彼女のことを思い出すだけで気が沈んでいた。


しかし今は、こうして懐かしいと思えるだけ。




彼女のことはもう、思い出でしかなかった。


あんなに好きだったのに……



本当に、時間はなんて残酷なんだろう。

いや、残酷なのは、平気で彼女のことを思い出に転換してしまった、自分なのだろうか。





「まったく…自分が嫌になるよ。なぁー?」




洗濯機に話しかけてみた。

すると、いきなり洗濯機からプスンという音がして、動きが止まってしまった。




「あれ…?…壊れた…?嘘ぉ〜…。」




電源を入れたり切ったり

フタを開けたり閉じたり

コンセントを一度抜いてみたり…………とにかく忙しく動き回る。





「そんな無理して返事しなくても良かったのにぃ…。」




深いため息をつく。


原因は分かっている。

多分、洗濯物を一度に多く入れすぎたのだろう。




新しいのを買わないと。

そう考えたら、またため息が出た。




本当に、ダメな奴…。





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