本編

□第一話
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   彼女が死んだ

   いや殺された








元々身寄りもなく、親戚すら分からない俺は、1人になった。






彼女がいない日々は考えられなかったのに、それが現実になっている。




    不自然で
    不思議で
    不快な毎日




でも、それすら薄れさせる時間。






結局、彼女がいた日々は過去でしかない。






それに気付くのに、そう時間はかからなかった。







彼女がいないこと、それが当たり前になっていく。




それが怖いし、また、そういう気持ちすらも薄れていく。





 自分が嫌いになった




「…大嫌いだ…。」




しかし、今でもふと、彼女がいないことが、急に耐えられなくなる。





  寂しくて
     寂しくて


   堪らなくなる





そんな時は今日のように、彼女の墓へと足を運ぶ。





花束はない

線香の匂いすら漂わない





例えそこに、俺の求めている彼女がいなくとも、俺はそうするしかなかった。









涙は出ない。

二年の月日が、涙すら奪った。



寂しさだって、少しも楽にならない。





本当に…


   呆れるよ…









「はは…。」







力のない、けど暗くはない、奇妙な笑い声が出た。



それがおかしいのか、また笑い声が出てくる。




俺はただ、楽しくもないのに笑い続けた。











「墓の前で笑う奴、

   初めて見た。

    呪われるぜ?」








墓の後ろから声がした。


自分とは違う、男の声。



しばらく立ち尽くす。





人がいるなんて、思いもしなかった…。





春の柔らかな日差しが、急に熱くなる。



取り敢えず、額の汗を袖で拭い、手のひらのベタベタとした嫌な汗は、ズボンに擦り付けて拭う。





そこで少し息を整え、好奇心の赴くままに、墓の後ろを覗いてみた。










  そこには1人の男が

    座っていた







黒髪で色白の若い男だ。


墓に背をもたれ、腹部を押さえながら、あくびをかいている。




ゆったりと着ている黒いスーツ。


ネクタイはしていない。




鎖骨が見えることに違和感を覚える。





男が頭の上に乗せているサングラスが、一瞬キラッと光を放つ。











「…何…してるんですか…?」








そう聞いたのも、好奇心からだろう。






確実に普通じゃない彼と話をすることによって、この寂しさを埋められる気がした。





    それに


彼が彼女の墓の後ろにいたことが、必然のように思えて仕方なかった。













男は俺を横目で一瞥し、ため息をついた。




さも面倒臭そうだ。






そんな姿さえ、何かが違うような気がして、嬉しくなった。









スーツの着こなしからは、サラリーマンには決して見えない。



それ程だらしなかった。




しかし、そこには独特な雰囲気が漂っている。






覚えのある雰囲気だ。



記憶を手繰り寄せるが、今は出てこない。





正直言うと、出てこない程に、自分は冷静ではいられなかった。




 今は

  それどころじゃない











男はゆっくりと立ち上がった。





彼は、自分よりも頭1つ分ほど背が高かった。




そうして、俺を見下ろし、口を開いた。






「あのさ、バンソーコ、持ってね?」



「あ…もっ、持ってません…!」



「マジかよぉ〜…。」






余りにも、唐突な質問だったため、一瞬返事が遅れてしまった。




持っていないと答えたが、車の中にならあるかもしれないと思いを巡らせていると、男はまた、ため息をついて、腹部からユラリと手を離した。








その手は見慣れた色で染まっていた。





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