番外

□Beautiful Ruins
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何もかもを失った私の生活は、それまでと一変して、自由そのものだった。


自分の意志を無視して、体を売らずに済む。


眠たい時に眠り、行きたい所へ行く。


帰る場所はもうないのだから、それこそ本当に何処へでも。


また、待っている者がいなくなってしまったからか、あまり時間を気にすることがなくなった。



しかし、お金はどうしても必要で、手っ取り早いのはやはり、体を売ること。

以前と違い、自ら客を選べるという立場は、とても心地が良い。


もちろん、したくてしているわけではないけど“楽しむ”ことを覚え、前よりずっと割り切って出来るようになった。


もしかしたら、見え方が以前と違うことも関係があるかもしれない。


ここでいう見え方は、文字通り、見える景色のこと。

というのも、私の目はあの不運からずっと、薄暗く、厚い雲がすべてを覆っている景色しか見えていない。



私の目に映るのは、灰色の世界だけ。



色を認識出来なくなったのだと分かったのは、皮肉にも『赤いワンピースのJK』と、売り名がついた時だった。

お気に入りの黒いワンピースだと思っていた一張羅が、まさか、初めて抱かれた時の客からプレゼントされた、赤いそれだったとは。


確かに捨てたはずなのに、こうして この身にあるということは、きっと、弟が勿体無いと勝手に戻したからだろう。


もうあの場所へ、本来 着るべき あの喪服を取りに戻ることは、叶わない。


仕方ないと諦めて、今日もこの服で客を取る。



しかし、それは利口ではなかった。



こんな目印のような売り名は、浸透するほど目をつけられやすいというのに、そこまで考えが及ばず、案の定、私は警察に捕まった。

保護という名目の拘留に、いつ売春以外の罪を暴かれるかと、濃淡のほとんどない部屋で、静かにその時を待つ。


でも、その日はやってこなかった。


かわりに代理人を名乗る、柄の悪そうな男がやってきて、あっさりと檻から出られた。




面識のない男と一定の距離を保ちつつ、後ろをついて歩く。



グレーの立襟の背広に、黒いシャツ。

ネクタイはしていない。


少し大きめのセカンドバックは、質感から、クロコダイルだろう。


だるそうなガニ股歩きは遅く、気を抜くと追い抜いてしまいそうだ。



観察に集中していて一言も口を開かない、お礼すら言わない私に、痺れを切らしたのか、警察の目から離れたところで、男は一気に詰め寄り、開いたシャツの間で灰色のネックレスを揺らす。




「おめぇの家族はよ、おめぇを含め失踪って事になってんだよ。意味、分かっか?」




上から威圧する黒い目。


ちっとも怖くはない。

けど、得体が知れないのは厄介だ。




「あんた何者?」




怯まない私に、男は眉をひそめる。


すんなり答える気もなさそうだが、それじゃ話しが進まないと踏んだ男は、がりがりと角刈り頭を掻く。




「まっ、金を借してる善良な市民ってとこかね。」


「つまり、お金を返して欲しくて、こんな所まで来たってわけ?悪いけど、そんなお金、持ち合わせてないわよ。」


「まぁーまぁー、そうつっぱねんなって。

 何も今すぐ返せってんじゃねぇのさ。そもそも嬢ちゃんなんかが返せる額じゃねぇし。

 だからと言って諦めるわけにはいかねぇのよ。取れる分は取んないと。こっちも慈善事業じゃねぇーもんでね。」




手を伸ばし、サラサラと指先で私の髪を梳く。


金がないと分かっている上で持ちかけてくる話しなんて、いい話しであるわけがない。

私は女であって、その使い方を知っている。

とくれば、大方の予想がつくというもの。


まったくもって胸糞悪い。

もう、自分で選べない人生なんて御免だ。




「お金は、返せるだけ返すわ。私のやり方でね。それで文句ないでしょ。」




立ち去ろうと、すれ違いざまに男の肩にぶつかる。

そのまま掴まれ、やけにニヤケた顔で男は「まぁ待ちなって」と、話しを続けた。




「最初の話しに戻っけど、なんで“おめぇの家族も失踪”って事になってんだと思う?」


どうして


「おかしいよなぁ?だって少なくとも、」


いまさら


「両親は、あんたが殺したはずなのに。」


あばくの―――




「…脅してるつもり?別に私、捕まったって構わないから、無駄よ、そういうの。」




震えそうな体を必死に抑え、頭からあの日の事をなるべく思い出さないように、強がる。


でも、男は特にその様子を窺うこともなく、自らの上がりきった口角を嬉しそうに掻き、



「いやいや、殺人庇ってやったって、恩着せがましく言いたいわけじゃねぇーの。

 ただ、俺らは善良な市民だから、こっちが言ったとおりにしてくれたら、会わせたげるよって」



と、思わせぶりに、内ポケットから見覚えのある、花の髪飾りを取り出した。




    「 あんたの 弟くんに。 」






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