訓練所

□魚座×乙女座
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「君の顔は美しいな」


双魚宮からの訪問者は、目的の処女宮につくなり、恥じることもなく、その宮の主に告げる。
それはいつもの事で、決まりきった挨拶のようなものだ。
また、それに返事がないことも同じ。
だが今日は勝手が違った。
「私は顔の造形になど興味はない」
直前まで瞑想をしていた乙女座のシャカだったが、普段嗅ぎなれない匂いに思わず口を開く。
「おや、珍しいこともあったものだ。瞑想はいいのかい」
「アフロディーテ、何のつもりだね、それは。気が散ってならない」
シャカの気を反らせた『それ』は来訪者である魚座アフロディーテの腕に抱かれたバラの花束だった。
「お気に召さないかな、今朝シュラに剪定させたのだが、必要以上に斬られてしまった」
美的感覚のない者に委せるものではないな、と不満を洩らしながら彼の隣に腰かける。
「君は、余り物を人によこすのかね」
「余り物とは心外だな。私の庭には不要な花など一つもない」
話しながら腕の中の包みから一本を取り出して、シャカの金髪に添えた。
「何のつもりだね」
「やはり似合う」
満足げに一人頷くアフロディーテに対して、終始理解不能と言った具合のシャカ。
「夏椿の方がお好みだったかな」
「君には何か意図があるのかね」
「これを私だと思って欲しいのだ」
アフロディーテのその言葉に、訝しげに眉をひそめる。
「聖域を空けるから、君が淋しくないように」
その言葉でシャカの目が開いた。
「どこかに行くのかね」
彼は、シャカが何か多少の勘違いをしているのを悟り、悪戯を仕掛ける。
「故郷に、帰るんだ」
さも黄金聖闘士をクビになりました、と言わんばかりに声の調子を落とし、憂いを帯びた表情を浮かべる。
「そのようなことは聞いていない」
「君に会えなくなると思うと淋しいな」
美の女神と同じ通り名を持つ男は、永遠の別れと思わせるかのように落胆してみせる。
「君、嘘をついているのだろう」
「私だって離れたくはないさ」
嘘はついていないのだが、そろそろたった三日間の出張だと告げないと、五感を剥奪されかねない。
そのまま黙りこくってしまったシャカの耳に、唇をよせ囁く。
「私が戻るまでバラを枯らさないでいてくれよ。三日間、永遠にも等しい時間に感じるかもしれないが、耐えてくれ」
「なにっ、私を騙したな」
開いたシャカの目が険しくなっていく。
「騙してなどいない。聖域を空けると言っただけだ」
「そのようなへ理屈」
シャカの説法が始まる前に、アフロディーテが唇で言葉を遮る。
バラの香りはアフロディーテの匂いだと認識したシャカは、心が落ち着いていくのに身を任せた。

彼が戻って来るまでの間、処女宮には、似つかわしくない花が花瓶に鎮座していた。
彼の旅立ったその日と同じように美しい姿で。






☆おわり☆
シャカならこんな嘘には絶対引っ掛からないけど、私は引っかけたかったのである。
恋は盲目なのである。
また、花はそんなに直ぐには枯れないと思うけど許してくれ。
三日間のくだりをはぶいたら、十二宮編直前の会話みたくてすごい報われない。
書き方を工夫したいです。
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