plan
□あなたの見る世界
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一度出会ってしまったら、あとはもう魅入られるしかなかった。
現実との境目が曖昧になって、ほどけて。
私は、その世界に入り込むのだ。
――――……
「江内(エウチ)。」
少しだけ足が疲れたと訴え始めてきた頃に名前を呼ばれて、私は弾かれたように声がした方へ振り返った。
「雨宮(アマミヤ)君。」
「お前はまた性懲りもなく見続けて…ここは冷えるから止めとけってあれほど言っただろ。」
「え、えへへ…ごめん。」
呆れたような雨宮君に私は返す言葉も思いつかず、苦笑いを零すことしかできなかった。
視線を元あった所に戻すと……そこにあるのは、一枚の絵だった。
美術室脇のショーウィンドウに飾られる絵は大体一〜二か月ごとに交代していて、それはどれもコンクールで入賞するような凄いものばかりだ。
今日は丁度入れ替えの日で…今回飾られている絵は、雨宮君のものだった。
絶妙なコントラストを作り出している美麗な宵闇。柔らかい光がまるで本当にあるような、満月。
先日のコンクールで見事金賞を獲った作品だった。
「うっわ冷て! お前何時間ここで突っ立ってたんだよ。」
なんの躊躇もなく私の手に触れてきた雨宮君は、その冷たさに顔をしかめる。
じんわりと、雨宮君の体温が私に流れ込んできた。
「え? うーん…い、一時間くらい?」
「…本当に?」
「……ごめんなさい、二時間です。」
ただし推定なので本当の所は分からないけれど。とは言わないでおく。
うっかり言ってしまったらデコピンだけじゃ済まなそうな気がする。それだけは避けたい。
私の言葉に雨宮君は一瞬目を見開いたかと思うと、重苦しいため息を一つ吐き出した。
「お前なぁ…今何月か分かってるか?」
「今日から三月。もうすぐ春だね。」
「暦の上ではな。実際は雪が降り積もる冬真っ盛りだ。」
「あたっ。」
言われながら軽く頭を叩かれる。
地味に痛い。
「俺の絵が見たいんだったら、放課後に暖房の効いた美術室で飽きるほど見せてやるって言っただろ、この前。
なんで覚えてないの。」
「お、覚えてるよ勿論!
ただ…今日から新しいのが展示されるって…今回は雨宮君の絵だって聞いたから……。
早く、見たくて。」
しどろもどろになりながらも呟くように言うと、雨宮君は(まだ呆れているようだけれど)緩く笑った。
「…そ。まぁ描いた方としては最上級の褒め言葉だけどな。」
私の片手に触れていた雨宮君が、今度は反対側の手に触れてくる。
今度は、少し冷たかった。
「…今回は、何が聴こえるんだ?」
触れながら問いかけてきた雨宮君に少し視線を向けてから、私はそっとショーウィンドウに指先を触れさせる。
触れた指先からまた冷えていく。けれど、不思議と心は温かくなる。
「えとね。……ピアノが主線で、ベースにドラムがあって…ヴァイオリンでしょ。
あと、歌詞は分からないけど歌も聴こえるよ。女の人の声。」
ショーウィンドウに額をつけると、“それ”はよりはっきりと聴こえる。
別に絵との距離はそこまで縮まってはいないんだけれど…多分、気持ちの問題なんだと思う。
「とても綺麗。やっぱり凄いよね、雨宮君は。」
ショーウィンドウから額を外してまた雨宮くんと視線を合わせると、彼は柔らかく笑った。
「凄いのは普通にお前だろ、江内。
そんな能力持ってるヤツはそうそういねーよ。」
「うーん…それはそうかもしれないけど…。」
けれど、こんなに綺麗な旋律を紡ぎだす絵だってそうそうないと、私は思う。
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