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□ハニーポットとレモネード7
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「おーおーやってるやってる。」
さすがに堂々と入口から入るのはためらわれたので、あたしと月奈は裏手に回ってギャラリー観覧席からこっそりと試合の様子を窺った。
すでに試合が始まっている体育館は、林山の殺気とウチの余裕しゃくしゃくな雰囲気でなんとも微妙な空気を醸し出していた。
「点数は……今のところは林山がリードしてるね。」
「あんの三馬鹿、完全に遊んでるとしか思えないわね。」
常に全力投球のスタンスは一体どこにいったんだ、とあたしは胸中で突っ込みを入れた。
沖口はともかく、後の二人は完全に顔が笑っているんだもの、嫌でも分かる。
そしてそれは林山にも伝わっているのか、時間が経つごとに彼らの顔が般若のようになっていくのも、良く分かる。
「ってめぇら、いい加減本気出せよ!俺らをおちょくってんのか!?」
あぁ、ついにキレた。
「あはは、やだなぁ。林山男バス部長ともあろう人が何言ってるんですか。
俺らは至極本気ですよ?」
ひらひらと敵の攻撃をかわしながら成嶋君があっけらかんとのたまう。…こういう(適当な)人が部長だから、なんかもう色々脱力ものである。
最後にもう一度かわしきってから成嶋君がパスを出す。
林山のパスカットが追いつく前に、素早い動きでボールを取ったのは副部長の水無瀬君だ。
「そうそう、バスケに対しての情熱は凄まじいんだからー。…ただ、相手に合わせた試合スタイルを取ってるだけで。」
「……コロす、」
最後に水無瀬君が放った言葉は林山にはばっちり届いていたみたいで、分かりやすいくらい彼らの額には青筋がたった。…お前ら真面目にバスケしている全国の部員に謝れ。
まぁ林山が気に喰わないのは物凄く良く分かるので、あたしも月奈もあえて口には出さない。
素早さが持ち味の水無瀬君はあっという間にゴール近くまで距離を詰めると、選手交代とばかりにパスを出す。
ゴール近くに常駐しているのは、化け物並みのシュート成功率を誇る、沖口だ。
「……はぁ。」
ヤツはため息しか吐かなかった。
やる気もへったくれもないんだろう。それでもきちんと試合をしているあたりが律儀なヤツらしい。
敵の苛烈な妨害もなんのその、沖口は一度ステップをとって攻撃をかわした後、シュートする。
放たれたボールは綺麗に弧を描いてゴールへと吸い込まれていく。
二点差だった点数は、これで同点となった。
「さすが、いっそムカつくくらい余裕だねぇ。かわいそうに、林山の人たち。」
「ま、いいんじゃない?傍から見たらテンションの温度差がコントみたいで面白いし、」
言いかけて、あたしは一瞬言葉が止まった。
ゴールから守りへと入る準備をしていた沖口が、こちらを見ているような気がしたから。
――気づかれた、か?
驚いているような怒っているような微妙な表情をしている沖口を見ていたら、自然と頬が緩んだ。
沖口とは、もう気まずい空気ではなくなっていた。
少し前から、あたしもヤツも何事もなかったかのように接しているから。
進展するでもなく後退するでもなく、ただただ普通を装って。
……あたし達は、いつまでも逃げてばかりだ。
そんな思いを振り払うように、あたしは伝わるか分からない口パクで沖口にメッセージを送る。
中学以来使うことのなかった言葉だ。
『行って来い、バーカ。』
ニヤニヤ笑いながら言ってやると、沖口は一瞬目を見開いて、それから微妙に笑った。ような気がした。
「…沖口君にバレたかな?こっち見てたような気がしたんだけど。」
「……さぁ?どうだろうね。」
割と聡い月奈のそんな呟きにも、あたしはニヤニヤと笑いながら答えたのだった。
――――……
それからの試合結果は、まぁ言わなくとも良く分かるだろう。
最終的にかなりの点数差をつけて勝利したうちの男バスの部員たちは笑顔も笑顔。対して林山の人たちは殺気を通り越してもはや怨念に近い念を込めてそれを睨んでいた。
一応正式な試合だから乱闘になることはなさそうではあるけれど……これから一か月は背後に気を付けた方がいいと思う。(特に三馬鹿)
そんな一部始終を見ていたあたし達は両方のチームが体育館から出て行ったことを確認するとすっかり凝り固まっていた身体をほぐすために一度大きく伸びをする。
体中の骨が鳴る。どうやら予想以上に試合に熱中していたようだった。
「いやー、楽しかったね。試合。」
「うん。林山のあの顔!普段嫌ってくらい絡まれるからなんかスッキリしちゃった。」
「へぇ、それは良かった。」
「!?っあ、季!?」
突然会話に割って入ってきた第三者の声にびっくりして月奈が背後を見る。
そこにはたった今まで試合をしていた成嶋君の姿があった。…まぁあたしは見えていたから気づいていたけれど。
「沖口に言われて焦ったよ。あれだけ言っておいたのにまさか来るなんてねぇ…。」
「あ、あはは…ごめん……何があるのかなーってどうしても気になっちゃって。」
「林山に見つからなかったからいいものの…次に家来るとき、覚悟しておきなよ?月奈。」
「!!」
にっこりと笑う成嶋君は、間違いなく目が本気だった。
それを察知したんだろう、月奈の顔に冷や汗が浮かんだのが目に見えて分かった。
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