その他
□人形姫スピカ
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『あなた…ごめんなさい…ありがとう…愛してるわ…』
妻は、天に召される刻限まで、壊れた音響再生装置の如く、繰り返し繰り返し私に囁きかけた。
『ごめんなさい』
痩せた頬を涙で潤わせて。
『ありがとう』
手足の筋肉は衰え、自由が利かぬ状態になりながらも、表情だけはほころばせて。
『愛してるわ』
泣き顔と云う、笑顔。
けれど。
『あなた…ごめんなさい…ありがとう…愛してるわ…』
私には理解出来なかった。
何故、彼女は笑えた?
若くして忍び寄る死が、恐ろしくはなかったのか?
私との別れが、悲しくはなかったのか?
もしそうならば、ただ泣けば良かったのに。
この…私の様に。
私はどうしても彼女の意図が掴めなかった。
だから、私は拒絶した。
二度と、妻のそんな言葉を聞く事を。
そんな顔を見る事を。
…そう。だから…私は…
「……た…あなた…あなた」
…何だ、死んだ妻の声がやけに大きく聞こえる…。
…私にもようやく、迎えが来たのだろうか……