木の葉の紅い狐
□第肆話
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報告を済まし、カカシは我が家とは反対方向へ向かっていた。
薄暗い路地に面したアパートの階段を登る。
行きがけに寄った木の葉病院に、ユウカの姿はなかった。
受付のオバチャンが調べてくれたので間違いないだろう。
「あんな怪我してんのに、どこにいんのよ」
ため息と共に吐き出した言葉は闇の中に消えていく。
彼女がいそうな場所など他に思い当たらなくて、カカシはとりあえず家を訪ねることにした。
幾度となく眺めていた彼女の部屋だが、初めてまともに訪ねることに、今更ながら気が付いた。
そう意識すると、なぜだか指先が少しだけ震えた。
「ユウカちゃーん?」
風雨に晒されて所々錆びたドアを数回ノックして名前を呼ぶ。
返事はない――
「まだ暗部にでもいんのかね?」
誰に問いかけるでもなく一人呟いた。
カカシはそのまま帰る気にもなれず、なんとなくドアノブに手を掛けた。
「開いてる……?」
すんなりとドアノブは回り、簡単にその扉を開いた。
いけないとは分かりつつも、カカシは部屋へと足を踏み入れる。
「おじゃましまーす」
控えめに言った言葉に返ってくるものはない。
カカシは電気も点けずに奥へと進んでいく。
特に変わったものはない。
なんの変哲もない普通の部屋だ。
カーテンを開け放したままの窓から、淡い月明かりだけが射し込んでいた。
ほのかに室内を照らし出している。
「動くな」
自分以外の誰かの気配を感じた瞬間、カカシの首にクナイが宛がわれる。
背中に感じたぬくもりとは対照的に、それはひんやりと冷たかった。
「おかえり♪ユウカちゃん」
何の警戒心もなく目尻を下げて言えば、背中からため息が聞こえた。
「不法侵入で訴えますよ」
その瞬間頸動脈を狙っていたクナイは遠ざかり、それは彼女の足のホルダーに収まる。
ほどなくして点けられた蛍光灯の灯りは、暗部スタイルのままのユウカを照らし出した。
「人ん家で何やってんですか、アンタは」
外した狐の面を無造作にベッドに放り投げる。
呆れたような仏頂面と、ぶっきらぼうな言い回しに、カカシの胸には嬉しさが込み上げた。
「つーか鍵くらい締めなさい」
「盗られて困るような物はないんで」
「変な男に襲われちゃったらどーするの」
「そこらの男より強いんで」
あー言えばこー言う。
カカシとの押し問答を繰り広げながら、ユウカはプロテクターを外した。
瞬間、辺りに鉄の臭いが充満する。
カカシは眉をひそめた。
「ユウカちゃーん、着替えて病院行くよー」
「は?」
当たり前の事を言っただけなのに、怪訝そうな声を返された。
「お腹、怪我してるデショ?」
「こんなのいつものことです」
「いいから、行くヨ」
「や、傷口はもう塞がってるし」
「バイ菌入ったらどーすんの」
「ほっときゃ治ります」
「ダーメ」
本日2度目の押し問答。
カカシはゆっくりとユウカに近付く。
身の危険を感じたのか、ユウカはゆっくりと後ずさる。
しかし背中に触れた壁にそれを阻まれてしまった。
2人の距離は徐々に縮まり、カカシは右手を伸ばした。