序章〜咎〜

 気が付くと、辺りは死の色に染まっていた。見渡す限りに赤く、ふと見上げた空まで赤かった。
 不思議と怒りや悲しみは無い。やっと、やっと終わるのだ。そう思うと安堵さえあった。
 突然、背後で溜息を吐く声が聞こえた。
 そんな、いつから。驚いて振り返ると、そこには一人の人間が立っていた。さっきの自分と同じように空を見上げている。おかしい、さっきまで気配なんてひとつも無かった。否、ここに存在していた生命は全て消えてしまった筈だ。
 ――その上。他のものならまだしも、ニンゲンに気付かない程堕ちぶれるとは。
「おいニンゲン、」
 声をかけるとゆっくりこちらを振り返った。フードを深く被っており、顔は見えない。そのフードの端から、赤く照らされた髪が覗いている。
 興味本位で近寄ろうとした瞬間、ついさっきまで存在に気付かなかった理由が分かった。長い間親しんできた匂いが鼻をつく。それはかつて、自分に従えていた者たちの匂いだった。
 小僧、と怒りに満ちた声が洩れ出る。戦わずとも、二人は死ぬ。だが自らの誇りに懸けてこいつは殺さなければいけない。自らの手で葬り去る。その思いだけが戦いへと突き動かした。
「刀を抜け」
 そう言ったのは、腰に刀を差しているのが見えたからだ。
「何故」
 その声は淡々としていて、それが更に苛立たせた。
「何故だと!?今から俺と戦うからだッ!」
「嫌だ」
「何だとっ」
「これは命を奪うものではない、命を守るものだ」
 言いながら刀の柄を撫でている。まるでそれが宝物のように。だがそれは挑発にしか感じられなかった。
「命を守る?はッ、舐められたものだ!ニンゲン如きに丸腰で挑まれるとはなッ!」
 そう言うが早いか、怒りと憎しみを込めてニンゲンに飛び掛っていった。

 飛び掛る瞬間、ニンゲンの胸元に赤黒い液体がべっとりと付着しているのが分かった。そこからも自分と同じ匂いがする。――やはり、こいつが仲間を。言いようのない感情が湧き出る。
 ――噛み殺してやる――
 そう意気込んだ瞬間に視界が反転し、鋭い衝撃が襲った。激痛が背中に走る。首元からは殺気が感じられた。
 それは、ほんの一瞬のことだった。
 ――強い。屈辱に歯軋りした。無理だ、勝てるわけない。初めて負けた。それもニンゲン如きに、片腕だけで。
「…ろせよ」
 二寸ほどに伸びた鋭い爪が、首に突き付けられていた。
「早く殺せ!」
「別に殺してやる義理は無い」
「なっ…お前は勝ったんだぞっ!どうせここにもすぐに火の手が廻るッ、苦しみながら死ぬぐらいならお前に殺されたほうがマシだ!」
 だがニンゲンは反ぱくを気にも止めない様子で、黙ったまま一歩後ろに下がった。身を起こすと、ひたと見据えてきた。
「嘘だ。生きたくて仕方のない目をしている」
「……っ」
「生きたくないのか」
 言い返せない。言い返すことを許さない声だった。
「生きたくないのか」
 もう一度、確かめるようにゆっくりと尋ねてくる。
 生きたい。生きたいに決まっている。今まで自分はきちんと生きたことが無かったのだ。それは自分が自分である限り、許されない事だと思っていた。
 でも。それでも、生きたかったのだ。そのことに今更気付く。そして、それを覚るにはあまりにも遅すぎた。もう望むことすら不可能だ。あと少しで命は炎に焼き尽くされる。
 もう少し早ければ。そんな後悔が頭を過ぎった。
 ニンゲンが、それを読み取ったかのように表情を緩める。少なくとも、そんな風に見えた。
 そしていきなり後ろから抱きかかえられたかと思うと、次には宙に浮いていた。


良ければ感想お願いします!返事は『狼少年の足跡』にて。



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