短編

□lacrimation
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「ねぇアーク、愚かよね。貴方もそう思うでしょう?」


数ある杯のうちの一つをゆっくりと持ち上げて、エルは優雅に微笑んだ。
ぴたりと張り付けられたようなその笑みに、アークの背筋がぞくりと粟立つ。
エルが小さく動くたびに、杯の中の水がぽたりぽたりと地面に吸い込まれて、ランプの光に反射した雫はきらきらと静かに輝いた。


「エル、君は…」

「くだらない。くだらないわ。どうして人間はありもしない物を求めるの?
果てない命? それがなんになるというの?」

「エル!」


語気を強めたアークに、エルはすぅ、と目を細めて手にした杯を彼の目の前に差し出した。
口許にはやはり先程のような笑みが浮かんでいる。


「試してみる?」


貴方も。含まれた言葉は言わずとも伝わる。
アークは嫌な汗が流れるのを感じながら、エルが捧げた杯を受け取った。
体の震えはもう片方の腕で握りこぶしを作ることで押さえ付ける。

ゆっくり、ゆっくりと杯を口許へ運ぶ。
エルの瞳はどこまでも遠くどこまでも無感情だ。
そんな瞳に見つめられながら、アークは意を決してそれを飲み込んだ。


「――…っ!」


途端に体を襲う熱と虚脱感。
倒れ込んだ体を両腕で支えようとしたがその努力も虚しく、彼は床に崩れた。
しばらく荒々しい呼吸を繰り返していたが、それもすぐに無くなった。

エルはぴくりとも動かなくなったアークの側へ近づき、座り込んだ。
燃えるような色の彼の髪を、優しい手つきで梳いていく。


「ほら、貴方も同じ」


柔らかく囁かれた声は小さく反響して部屋に響いた。
それに返す声はない。


「愚かな人間なのよ」


くすり、子供のように笑ったエルだが、不意にアークの髪を梳いていた手が止まった。
倒れたはずの彼の瞳が、エルの姿を捕らえていたからだ。
苦痛に顔を歪めるアークを、エルはただただ見つめる。
彼は呼吸を整えると、悲しそうに表情を歪ませて言った。


「…それじゃあ、どうして君は泣いているの?」


力の入らない腕をエルの方へと伸ばし、その頬に触れる。
エルは大きく目を見開いて、アークの腕に手を添えた。
彼女には彼が何を言っているのかが理解出来なかった。
私は泣いてなんかいない。
愚かな人間の為に流す涙なんてない。
訴えようとして、アークの青い瞳と視線が絡み合う。
悲しそうだった表情は消え失せて、今はどこまでも優しい青い瞳がエルを見つめている。
エルは思わずアークを抱き寄せた。


「大丈夫だよ」


君は独りじゃないから。
耳元で優しく囁かれた声と久方ぶりの人の温もりに、エルの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。





end

 
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