短編

□指切りさよなら
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『じゃあ貴方が戻ってきたら、旅の話でも聞かせてもらおうかしら』


長い髪をふわりと揺らして、君は綺麗に笑った。
そっと絡めた小指は柔らかくて温かくて。






「メイラ、どういうことか教えてくれ」


自分でも困惑するくらいに心がざわついている。
じりじりとした焦燥感が胸の奥に燻って気分が悪い。
力いっぱい手の中の槍を握りしめることで、それを押さえ付けた。
目の前の老体は言葉少なに眉間に皺を寄せ、仕方ないのだ、と零す。
何が、とは言わない。
世界には様々な部族がいて、文化や様式もそれぞれ違う。
自分はそのことを知っていたし、いくら一時的にここに居着いていたからと言って、部族のしきたりというものにそれ易々と口を挟めるほどではない。
だがしかし、頭で理解は出来ても納得は出来なかった。


「だから儀式の時期に僕を遠ざけたのか?」

「優しいそなたのことじゃ、知れば反対したろうに」


勝手なことを言っているのは分かってる。
ただ、知っていればあんな無責任な約束はしなかった。

長い髪をふわりと揺らして、君は綺麗に笑った。
そっと絡めた小指は柔らかくて温かくて。
その笑顔をもう見ることが出来なくなるかもしれないなんて。
普段は気にならない武器が、今はとてつもない重さに感じる。
先日手に入れたばかりの、かつて神が使ったとされる槍。
居候させてもらっている恩もあり、メイラの頼みとあってこれを手に入れる為にこの地を一度去った。
旅立ちのときに彼女と交わした約束が、脳裏に焼き付いて離れない。

長い髪をふわりと揺らして、君は綺麗に笑った。
そっと絡めた小指は柔らかくて温かくて。
神を誕生させる儀式だなんてくだらない。
彼女は彼女のままでいいのに。
言ってしまえればどんなに楽なものか。
しかしこちらからすればくだらないことでも、当事者達からすれば重大な儀式なのだ。

旅先でこんなことがあっただとか、少し騒がしい相棒が出来ただとか、そんな取り留めのない話をしようと考えていた。

長い髪をふわりと揺らして、君は綺麗に笑った。
そっと絡めた小指は柔らかくて温かくて。


今はもう、その感触も温かさも残ってなんかいない。





end
 
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