短編

□so long
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あなたが助けに来ることくらい、分かってた。

だからこそ、あたしは別れの言葉を贈ったの。





凍える程に寒い穴の中。
自らを覆う厚い毛皮は、寒さを凌いでも空腹は満たしてくれない。
あの少年がここを脱出してから、どのくらいの時が経ったのだろうか。
ほんの少ししか経っていない気がするし、もうずいぶんと日が過ぎたような気もする。
曖昧な思考の中、あたしは横に眠る伴侶の姿を見た。



何度もこちらを振り返りながら少年は崖を登っていった。
その瞳には、絶対に助けにくるという意志が煌めいていて。
もちろんそんなことは無理に決まっている。
何も知らないのは本人だけというのが、何だかおかしいけれど。


(あなたが来ないことくらい、理解してるわ)


あの少年は冷たい。そう言っているわけではない。
むしろ彼は優しい部類に入ると思う。
甘いといった方が正しい程に。


(あなたのやるべきことは、他にたくさんあるんだもの)


この世界でただひとりの人間。
世界を復活させる救世主。
彼を見たこともない自分の中に、何故こんな記憶があるのかは知らない。
動物が復活する際にそういった記憶だけが混じり込んだのだろうか。



――だからこそ食べるんじゃない



なんとか少年に生きてほしい。
そう思ってついた嘘。
結局それは少年を動かすだけの力にはならなかった。



――でもね、一人で旅を続けていくなら、もっと強くならなきゃダメよ



思えば少年には苛酷なことを言っていた。
弱い自分が語った詭弁。
それも彼の為だと言えば赦されるものなのだろうか。

『悪い冗談を』

闇の中の囁きが聞こえる。



――あたしも頑張って生きのびて ここを出るから


これは少年を動かす為の言葉ではなく、きっと自分に向けた言葉。
彼は来ない。そんなことはもう分かっていたけれど。
弱い自分はそれでも生きていたかった。

そうよ。あたしは強くなんかない。


ああでも強くて弱いあなたなら、やはりあたし達の前に現れるんでしょうね。



――あなたもしっかりね



だからこそ、終わらせたのに。
あたしが去っているのを見て、あの子はどんな顔をするのかしら。

ねぇ、後ろを振り向かないで。
どうせあなたは来ないもの。
ねぇ、立ち止まらないで。
あなたはきっと来てしまうから。

優しいあなたはきっと泣くんでしょうね。
あたしはもうそこにはいないけれど、あなたの泣き顔なんて見たくもないわ。

ねぇ、だから、ねぇ。
素直に忘れてこれから出会う人間の中に溶けてしまえばいい。

そうすれば、きっとあなたは笑っていられるわ。
残酷な世界に住むあたし達のことなんて、忘れてしまっていいから。












馬鹿みたいに、君の幸せを願ってる









 
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