頂き物・捧げ物(SS)

□『wisper』
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自室に戻ると私は漆黒の衣を脱ぎ捨て純白のシャツに着替える。

ふと焼けつく痛みを感じた手をそっとかざしてみると、
10本の指先、桜色の爪は衣と同じ闇の色に染まっていて。

赤黒い光で彩られた文字列がそれぞれの爪から
両腕の中心まで螺旋を描いて絡みついていた。

さらに激痛。
瞬間揺らめく赤黒いオーラが
思わず呻き声を漏らした私を嘲笑うように
ゆらりと立ち上がり、そして、消えた。

同時に文字列も吸い込まれるように失せ、
漆黒に染まった爪はもとの桜色に戻る。


私は大きく息をついて部屋を後にする。
警備の目をくぐりぬけ向かった先は、愛しい人の元。


「お待たせしました」

「クリフト!遅かったのね…逢いたかったわ!」


部屋に体を滑り込ませるなり、彼女は私の胸に飛び込んでくる。
柔らかくかぐわしい存在を受け止めて私は有無を言わせずその唇を貪った。


「     」


耳元にそっと囁くと、彼女は潤んだ瞳で見上げて微笑んだ。


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そう。
永久(とこしえ)の眠りへの誘いを囁いた同じ唇で、
私は何も知らない無垢な貴女に愛の言の葉を囁く。

初めのうちこそ、得た呪の力で罪なき者の
息の根を止めることを恐ろしいと感じていた。

だが。


仕方ないだろう?
『可憐な花にたかる害虫は、駆除しなくては』


ゆっくりと麻痺していく感覚。
指先一つ、呪詛一つで大きく揺らめき消えていく命の灯。
己の体を侵食していく呪のリバウンドすら心地良さに変換されていく。

わかっている。
指先を染め上げる漆黒の爪と絡みつく血の色の文字列……
あれは死への誘い、禁呪の反動なのだ。

禁呪文『ザキ』系は本来禍々しいばかりの紫のオーラ。
しかし、使い続けるうちに呪の力が研ぎ澄まされ
威力を増すほどに紫から鮮血の色へ、
さらに黒紅へとオーラは色味を増して。

同時に跳ね返る呪いは末端から中枢へと
術者の体をじわじわ蝕んでいくのだ。
このままではいずれ、私の心臓は禁呪に喰い尽くされるはず。



私は熱く甘い吐息を漏らして身を捩る
愛しい存在を強く強く抱きしめる。



……それでも私は、私から彼女を奪おうとする者に
下す裁きをやめるつもりなど毛頭ない。


似非神官。破戒僧。偽善者。
何とでも言うがいい……それがどうした。


神なんかよりも絶対的なものが、ここにある。
この世界に舞い降りた、私にとってたった一人の天使。至高の存在。
……彼女こそが、私の全て。


『 墜ちておいで。愛しい存在をその手に抱いたままで 』




どこからか聞こえるテノールに私はうっすらと微笑む。
心の臓が喰らい尽くされるその瞬間、私が最期に貴女に囁くのは



愛の言の葉か、眠りへの誘いか。


fin.
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