物語1

□幸福な王子2
1ページ/7ページ

「・・・・・。」



アリーナはクルトの寝顔を見ながら、

愛くるしい頬を撫でながら、

ひとつ、ため息をつく。


愛しい、こんなにも、愛しい我が子なのだけれど・・・。



今日の、言葉の教室の先生を思い出す。


『もっと、お母さんが頑張らないと・・・。』
『現状で満足してはいけない。健聴の子供はもっと・・・。』
『これからは、勉強も学ばなくてはいけない。ついていけるように、もっと・・・。』


『もっと、もっと・・・。』




「・・・・・っ。」 


思わず、涙が込み上げる。泣くのはやめようと、弱い自分に何度誓ったことか。


クルトの為に、笑顔で・・・。


だけど、自分の気持ちが空回りすることもある。


上手に発音出来ない、言葉を覚えられないクルトに、嫌がるクルトに、

「クルトの為に。」アリーナは仕事も自分の事も、何もかも投げ出して向き合う。


こんなにも、頑張っているのに・・・
山積みのままの課題。




「だから、クルトちがうってば!!『ぼくの、なまえは、クルトです。』言ってごらん!」

アリーナの剣幕に少し怯えながらも、クルトは必死に応える。


「・・・おぉぐの、なあえあ・・・。」


「違うったら!!」



何度も繰り返すうち、小さなクルトは嫌になってくる。


「あっ、あー!!」



癇癪を起こし、アリーナが作った言葉のカードを床に投げつけた。


「この・・・っ!!」


パシッ!!

アリーナは、思わずクルトの頬を叩いてしまう。


「・・・うぁーーー!!」


「!!」


アリーナは、クルトの晴れ上がった頬に気付いて、慌ててクルトを抱き上げる。


「・・・ごめん!!」


「・・・ごめん、ごめんね!!・・・こんな、酷いママで・・・。本当に、ごめんね・・・。」




アリーナとクルトは、互いに抱き合いながら泣く。


互いに互いを強く抱き締め、何に泣いているのかもわからなくなるくらい、

泣いて、泣いて、泣いた。 




いつも、女官たちは部屋からどんなにアリーナの罵声や、クルトの泣き声が聞こえても。

そのまま、アリーナにクルトを任せておいてくれた。


二人の泣き声が落ち着くと、ドア越しに

「お茶の用意が出来ました。本日のお菓子は小魚の天日干しです。」

「・・・ありがとう。」



アリーナはふっと、頬を緩める。
小魚の天日干し・・・。
カルシウムを摂れってことね。

本当は、甘いチョコレートのケーキでも食べたかったけど・・・。


「クルト、おやつよ。」
アリーナは立ち上がり、クルトの手を引いて椅子に座り女官に声をかける。


女官はいつものように、テーブルに用意をして、  サイドテーブルに、そっと湿布を置いて部屋を辞した。 


「・・・ありがとう。」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ