頂き物・捧げ物(SS)

□「ペリフェレイア」
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「……宜しいですか、姫様」
頁を繰る事で発生する小さな風を感じた蝋燭の炎がゆらりと揺れる。と同時に距離を置いて向き合う二つの影もまた小さく揺れた。
二つの影の内のひとつ、その風を起こした張本人であるサントハイムの神官クリフトは教本に書かれている内接円と傍接円の証明に必要な図を見つめたまま流暢に言葉を紡いでいる。神官と向かい合う形で座っているサントハイムの王女アリーナはこの講義が始まってから数度目となる二文字だけの同じ言葉を返した。
「……はい」
「このように『三角形において、その九点円は内接円に内接し、傍接円に外接する』という定理の事を『フォイエルバッハの定理』と呼びます」
「……はい」
アリーナは眠い目を無理矢理抉じ開けて目の前の机の上に広がる図に目をやる。だが、魔物相手だとどんな闇夜でも冴える瞳も円と三角形、そして半円を組み合わせただけ(にアリーナは見えている)の図はどんな魔物の放つ睡眠魔法よりも効果的にアリーナを眠りの底へと誘う。
「それでは本当にこの定理は正しいのか、証明に入る事にしましょう。ヒントは中点連結定理。では一時間以内に証明を完成させて下さいね」
漸く教本から目を離したクリフトがトントントンと指先で図を叩くと半分眠っていたアリーナははっと我に返り、顔を上げた。
「え……っと。この定理って……何だっけ。『九点円の定理』の講義までは覚えているのだけれど」
「姫様……」
顔を赤らめ焦っているアリーナに小さく微笑みかけたクリフトは教本を閉じると小さな声で囁いた。
「今日はお疲れのご様子ですね。無理もありません、あのような面妖な魔物と死闘を演じたばかりなのですから。……ブライ様もお疲れのようですしね」
「本当ね」
アリーナはくすりと笑うと天幕の隅で鼾を掻いて寝ている教育係の老人に目を細める。老魔術師ブライは寒いのか、毛布を首元まで引き寄せたまま本人は「掻いていない」と公言している鼾を掻いて寝ている。
「本当なら今日の授業は爺の当番だものね。でも昼間の戦いで随分魔力を消費したってごちていたから何時も以上に大鼾ね。本当……爺には無理を……させてしまっているわ」
アリーナは瞳を曇らせると自嘲的に笑いながら呟いた。
「本当…私は駄目な主人ね。クリフト、あなたにも無理をさせてばかりで」
「そのような事はありません。私達は自分達の意思で貴女に付いているのですよ。ああ、そうだ。今日の授業は別の、楽しい数学にしましょうか」
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