【キャラクター別】
□Ironhide
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なぜこんなにも気持ちが揺れるのか分からなかった。
イヤな感覚が回路の中に雨音とともに染み込んでゆくようだ。
その不快感の原因が何であるのか…アイアンハイドは本来の姿であれば、ハッキリと分かる苦い表情を浮かべたまま、暗くなった道を真っ直ぐに進んでいく。
その時、又もやサーマルセンサーが異音を唱えた。
アイアンハイドが訝しむ。『まさか』という考えがイヤな感覚に拍車をかけた。
そしてそれは大当たりだった。
かなり後方から小さな熱源体がこちらに向かって移動してくるのを確認すると、
『…ウソだろう』
アイアンハイドは急停止した。
停止した位置でしばらく待つと、やはり先ほどの仔犬が雨の中を小走りに近づいて来る。
雨に打たれた体は、まるで泳いできたのかと思えるほどひどい有様で、体全体が小刻みに震えていた。
サーモセンサーも、仔犬の体のほぼ全域が黄色から青色だと示している。
ラチェットであれば、それが有機生命体の著しい体温低下を意味し、生命維持に危険が迫っている事に気付いたであろうが、アイアンハイドにしてみれば、何で振動しているんだお前は?程度である。
仔犬は、先ほどと同じようにアイアンハイドの横にピタリとくっつくと、震えながら小さな尾を振り続けた。
『〜〜〜!!!』
アイアンハイドは唸った。唸ったがどうしようもない。
そこに…仔犬がまた小さく「クウン」と鳴いた。
―最後のトドメだった。
『……』
『……』
『……!』
ガコッと、ロックの外れる音とともにトップキックのドアが少しだけ開く。もちろん中には誰も乗っていない。
大きな声だけが響いた。
「乗れ!」
仔犬は「?」とした表情を車に向けると首を小さく傾けた。
「いいから乗れ!ぁあっ…と、言葉分かるか?」
仔犬は小さな尻尾をフリフリしはじめたが、まだその場からは動こうとはしなかった。
「乗れと言ってるんだ、ドア閉めちまうぞ!」
アイアンハイドが焦れたように叫んだとたん、仔犬はタタタと近づくとぴょんとジャンプし車体の高いアイアンハイドのボディに前足を引っかけた…が失敗。
びちゃっという音とともに、水の流れが激しい道路にお尻から落下した。
しかしすぐに立ちあがるとブルブルッと頭を振る。
その勢いのまま小さな体も波打たせて水しぶきを上げたが、アイアンハイドにはこの豪雨の中で、それは全くもって無意味なように見えた。
『まったく…』と、ため息とともにボディからパーツの一部を出すと、仔犬が足をかけられる位置まで下ろしてやる。アイアンハイドにしてみれば大盤振る舞いだ。
仔犬はゆっくり前足を鋼鉄の板に乗せると、そのまま震える足でジャンプし、今度はしっかりとアイアンハイドの中に納まった。
仔犬が入りきったのを確認するやいなやドアを閉める。既に座席は殴りこんできたような雨でびっしょりだった。
そして…。
閉めたはいいが、ここでやっと困ってしまった。
「まったく何やってるんだ‥俺は‥」
ワイパーを動かす事もなく、道路の真ん中でライトを点けたまま沈黙しているトップキックは、もしも周囲に人がいれば怪しいことこの上なかったであろう。
しかし、今のアイアンハイドにはそんな事を考えている余裕はなかった。
―犬を乗せてしまった。
―この雨が止むまでここで待つのか?
そんな考えはすぐに却下された。
たかだかあと十数キロで軍の駐屯基地に着くのだ。自分には責任を持って任務を最後まで行う義務がある。
この雨がいつ止むのか分からないが、これ以上ここで時間を無駄にするわけにはいかなかった。
オプティマスには既に到着予定を告げてあるのだ、これ以上時間がかかればラチェットのツボを突いた嫌味と説教が待っていることは間違いない。
「むぅ…」アイアンハイドはうなだれた。
仔犬はといえば、怖がりもせずに助手席の足元に腰を下ろし、時々クシュンと口から音を立てている。
アイアンハイドにこの星の外気温と体温の観念は無かったが、なんとなく車内の温度を上げてやった。レノックスが乗る時にそうした温度調整をしたことがあったので、そうすることが有機生命体には必要な気がしたからだ。
多少ではあったが、車内の温度が上がり温かくなると、仔犬は気持ちが良くなったのか眠たげな黒い瞳を半分に閉じ、そのまま助手席の下に小さく横になった。
『・・・・・・・』
その様子を見ていたアイアンハイドは決心した。
―このまま基地へ帰還する―
トップキックのエンジンが急速に回転すると、アイアンハイドはうなるタイヤもかまわず多少乱暴に雨の中を走りだした。
仔犬はちょっと首を持ち上げたが、まるで何ごとも無かったように、又そのまま気持ちよさそうに丸くなった。
豪雨はすでに落ち着きを見せ始め、普通の雨から小雨へと変わりはじめていたが、アイアンハイドは犬を下ろすことなど考えもせずそのまま走り続けた。
あとはオプティマス達の待つ合流地点の基地へと1本道だ。どうにでもなれとばかりにさらに加速する。
空にあった厚い雨雲がついに切れた。
細い月が申し訳程度の光を雲の合間からのぞかせている。
自分の中で気持ちよさそうな寝息を立てる仔犬の体温を直に感じながら、アイアンハイドはなぜか少し照れくさい気持ちと、この先に待っている仲間達や軍の連中の呆れ顔を思い浮かべた。
「どうにかなるだろう」と今度は声に出して呟いてみる。
先ほどの不快感は消え、逆に温かなオイルが体内を巡るような心地良さに少々自分でも呆れながら、アイアンハイドはまだ大きな水たまりの残るアスファルトを滑るように走り抜けて行った。
―Fin.
おまけへとつづく。
…………(2011 8 28)