【キャラクター別】

□Ratchet
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【Best technology and the worst.】
―最高の技術と最悪な―



ラチェットの部屋。
それは彼にとって自室であり研究室であり、自らの職務を遂行する神聖な職場であった。

余念なく研究(という名の趣味)に没頭する事が出来る唯一の空間、それがラチェットのラボラトリーである。
地球に降り立ってからというもの、幾度かの戦闘によってラボの移設は何度か移動を余儀なくされた。仕方が無い事とはいえ、これはラチェットにとって面倒かつ苦労の連続であった。

どの星へ行っても、結局は同じなのだ……始めは長居する気など全くない。
だが、時として思いがけない事態に陥り、司令官がやむを得ぬ判断を下せば、それがどういった状況であれラチェットは従う事にしていた。
逆に、オプティマスの決定に対し多少なりとも異論を呟く者が居れば、相手が誰であろうと穏便にたしなめるのも又ラチェットの仕事だった。

ディエゴガルシアは、軍の本部から離れている事もあり、トランスフォーマーに対する幾つかの束縛はあったものの、現地では割と自由に動く事が出来たからまだ居心地が良かったのだが、その後本土に移動する事が決まり、やむなくシカゴにラボを移設せねばいけなくなってからが、……厄介だった。

そう本当に厄介であり、ラチェットは頭を痛めていたのだ。

トランスフォーマーの医療施設というのは、地球人の医療現場とは大きく異なる。
よって、設備を整えるという事はとてつもない労力を伴うというのに、新しく補佐官となった政府の女性高官は何かにつけていちいち文句を言ってきた。

やたらとうるさい規制を敷き、それに対しては「従う事がルール」という軍の規則もあったが、何よりもオプティマスが「できるだけ受け入れる」という姿勢をとっていたので、ラチェットも渋々ではあったが司令官に従っていた。

仲間の定期的なリペアから、軍との資料提携に会議、煩いほどに要望される連絡事項とファイルチェック……、ラチェットは1人でこの責務をこなしていたが、シカゴに移設して1カ月が過ぎた頃、さすがにその表情には疲れが見え始めていた。

ラボの設備も不完全、遅々として進まぬ整備。
もちろん司令官であるオプティマスの責務量に比べたらまだいい方だろう。だがラチェットのストレスは確実に増加していった。

『いい加減、希望した品物を届けてもらいたいものだ。やれチェックだ、やれこれは危険物だのと全く煩い女性高官だ……』
未だに整理のつかないラボの一室で、次のリペア準備に取り掛かりながら、思わず溜息が出そうになった時、ふと気配を感じてドアの方に目をやると、そこにはいつからなのだろうか……、アイアンハイドが立っていた。

「何か用か?」

ぶっきらぼうにそう問うと、黒い巨体がこちらへと1歩近づいた。
ラチェットはその1歩で、膝のベアリング音が割れている事に気付く。
はーっ、と溜息にも似た排気を吹くと、そちらに顔を向けて一言呟いた。

「アイアンハイド……」

「分かっている!!」

慌ててそう答えたアイアンハイドが2歩3歩と近づいた瞬間だった、突然片膝が折れバランスを崩す。
ラチェットが「危ない!」と叫ぶ間もなく、近くに積んであった荷物に手をかけたアイアンハイドは、盛大なホコリと共に荷物を撒き散らして前のめりに倒れこんだ。

「……イタタタ、すまん、くそ……っ」

「そんなんで痛いわけがなかろう!」

アイアンハイドを気遣うよりも先に、やっと片付けた荷物をバラバラにされ、若干青すじの立ったラチェットがイラついた声を上げる。
2段に積んであったコンテナはアイアンハイドの力によって一部が湾曲し、床に幾つかの穴まで作ってしまった。

「そう怒るなラチェット」

「お前さんのやる事と言ったら、ケガをしてくるか物を壊すかだ!その上、せっかく片付けた荷物までこんな風にされて怒るなだと?よくもまぁ言えたもんだな!」

確実に機嫌の悪くなったラチェットを尻目に、何とか体制を立て直したアイアンハイドが、あきらめた表情でそのまま胡坐をかき床に座り込んだ。

「ここは後で俺が片づけておく。それよりも膝の調子が悪い、……どうも来週のリペアまでもちそうにない、今診てくれ」

又もや排気を一吹きしたラチェットが、ジロリとアイアンハイドの膝を睨む。
外から見ただけでは何1つ変わりはない。外傷が無いという事は内部の破損かシステムの故障であろう。

屈強なボディを持つアイアンハイドが歩行困難にまで陥るのだから、これは多少時間がかかるかもしれない。
そんな事を考えつつ、冷静さを取り戻したラチェットが、アイアンハイドの方へ近づきながら手を差し伸べた。

「どれ、立てるか?」

「あぁ、それぐらいは何ともない」

そう言ったアイアンハイドが、ゆっくりと膝を立て立ち上がった。ラチェットがそのまま診察台へと連れていく。
大人しくその上に座ったアイアンハイドの膝をゆっくりとスキャンする。

「いったいいつからこんな具合だったのかね」

「ん〜そうだな、ざっと1000時間ってところか」

「1000……、お前さん1カ月以上もこの状態で動いていたのか?」

「最初は違和感だけだった。忙しい軍医殿の手を煩わす事も無かろうと思っていたが、ここ30時間でいきなり歩行に支障が出た」

「という事はまさか、この足で昨日の探査任務に同行したのか?」

「それを言うなラチェット。シフト変更を言いだす暇が無かっただけだ。オプティマスにも要らぬ心配はさせたくないしな」

スキャンを続けながらラチェットの声が低くなる。

「オートバランス機構、サスペンション、大事な個所ばかりだ、小さなネジに至るまで亀裂がいくつか確認できる。この状態で戦えるとでも?」

「戦闘になれば大丈夫だ。俺の脚は動く!」

カコーンと、ラチェットがアイアンハイドの頭を叩いた。

「痛いぞ!何をする?!」

「お前さんは痛いぐらいがちょうどいい、違和感のある箇所はなるべく早く私に申告する決まりだろう」

「分かっている、だから定期検診もサボってないだろう!」

「それとこれとは話が違う!全くどこまで単細胞なんだお前は!」

「単細胞とは何だ!単細胞とは!!」

2人の言い合いが激しさを増した時だった、開け放たれたドアからサイドスワイプがひょっこりと顔を出す。
そして――。

寝台の上に、片膝を立てたまま座っているアイアンハイドの姿を確認すると一瞬で表情が曇り、タイヤを後方へスライドさせた。
が、しかし……時すでに遅く。

「なぜ逃げる、サイドスワイプ」

アイアンハイドの声が低く響いた。

サイドスワイプがラチェットのラボを常に避けて通っているのは誰もが知っていた。
若い戦士にはありがちな事だ。己の身体と能力を過信し、リペアを面倒くさがる。
これは長い歴史において、どの星に居てもラチェットの頭痛の種の1つであった。

「い、いやぁ〜アレだ、んー……そう!何か手伝う事はないかな……と、」

 「「嘘だろ」」

ラチェットとアイアンハイドの声が重なった。




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