第一章

□親友への手掛かり
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「…これで、よしっと!」

エインはニッコリ笑った。
「話をする前に、とりあえずその出血を止めようヨ」とミナトはエインに指摘され、商店街の中でも奇跡的に倒壊していなかった薬局から、救急セットを一式持ち出して来たエインによって、頭の怪我の応急処置を済ませてもらったのが、今現在の状況である。

「サンキュ。
けど、いいのかよ?
いくら無人とはいえ、勝手に持ち出して来て」

むしろ無人だから駄目のようにも思える。

「大丈夫だヨ、お金は置いてきたから!」

「うわっ眩しい!?
普通に盗んできたと思った自分が恥ずかしい!!」

「って、今はふざけてる場合じゃないヨ?」

エインの顔付きが、変わる。
ミナトはゴクリと喉を鳴らす。
(…さぁ、ついにだ。
ついに分かる。
今、クゥに、俺に、この島に、何が起こっているのかが!)
ミナトは緊張気味に、首を縦に振った。

「…それで、コ○イチのカレーは普通でも結構辛いって話だったよネ?」

「ああ確かにそうかもな。 でも俺は辛いほうが好きだぜ」

「そうなんだ。
ボク甘口じゃないと駄目なんだ」

二人して和やかに盛り上がる。
福神漬けがどうとか、ラッキョウがこうだとか。
流石カレーは大人から子供まで大人気な料理である。

「――て!!
全然そうじゃねぇだろぉおおおおがぁあああああッ!!」

「うわっ、テンション高っ!」

「話せぇ!
話しやがれぇ!!
今何が起きているのかを!!」

ジャージの襟を掴んでぶんぶんとエインの首を前後に振る。

「…う、そ、それは…」

気まずそうに、エインは目を伏せた。

「…お前から、話がしたいって言ったんだろうが?
今更話すの拒否か?
黙秘権か?
いてまうぞコラァ!!」

「…違うヨ。
違うんだヨ。
ボクが話がしたいって言ったのは、キミに“今起きてる事”を説明をする為じゃない」

「…な!? はぁ!?
じゃあ、いったい何だってんだよ!?」

「…キミの、“記憶を消す”為の説明だヨ」

「…記憶を…消す…?」

今。
エインは何を言ったのだろう
きおく。
きおく、記憶。
――記憶を消す?

「なんだよそれ!
冗談もほどほどにしろよ!」

「冗談なんかじゃないヨ。
これ以上、無関係なキミを巻き込む訳には行かないんだ」

「…無関係…だと?」

クゥは連れさられた。
ミナトは殺されかけた。
(それでもまだ、俺は無関係だって言うのかよ…ッ!?)
カッと、頭に血が上って行くのが分かる。
手当てされた頭の傷が、ズキズキと痛んだ。

「ふざけんなよッ!」

叫んでいた。
クゥを連れ去られてしまった事、自分の不甲斐無さ、無力、現実に自分の理解が追い付かない事、たまりにたまった苛立ちを発散するかのように、ミナトは叫んでいた。

「…ふざけんなよッ!!」

歯を食いしばり、掴んでいた襟を更に強く握り締める。
そうやって衝動を押さえ付けなければ、今にもエインを殴ってしまいそうだった。

「…川澄ソラはボクが必ず助け出してみせる。
何があっても必ず、キミの元に帰してみせる」

「…助け出すって。
…てめぇはあいつに勝てなかったじゃねぇかよ…!?」

ミナトを庇ったせいもあるのだろう。
だがミナトには、エインとフェルマータの力の差は、はっきりしているように思えた。

「…それは…そうかもしれない…。
けど!
キミに協力してもらったところで、何も戦況は変わらないんだヨ!
むしろ足で纏いになるだけだ。
…そして最悪の場合、キミは死ぬ。
キミだって見たでしょ?
ボク達とキミ達は全然違うんだヨ。
ボク達は、普通じゃない。
…そんな世界に、来ちゃいけない」

言って、自身を嘲笑うかのように儚く笑うエイン。

「……クソっ!」

掴んでいた襟を、離す。
エインの言う通りだった。
普通の高校生であるミナトに、この状況をどうにか出来る力は無い。
自らの無力さに、腹が立って腹が立って仕方がない。
腸が煮え繰り返る気分だった。
エインの言ってる事、それは正しい。
ミナトはただ、エインに八つ当たりしているだけだ。
ミナトには何も出来ない。
けど、だからと言って。
クゥの事をエインに任せて、全て忘れてしまう事なんて、ミナトには出来なかった。
クゥを残して普通の生活に戻る事なんて、ミナトには出来る訳がなかった。
(…力が欲しい。
大切な誰かを、守れるだけの力が…!!)
ミナトは拳を強く強く握り締める。
それしか出来ない自分自身が情けなかった。
惨めだった。
ただ、悔しかった。

「………。
…お前、一人で戦いに行くつもりなのか?」

呟くように、ミナトは聞いていた。

「うん、そうだヨ」

当たり前のように頷く、エイン。

一人。
独り。
独りで戦いに。
いくらエインが異常とはいえ、相手だって異常なのだ。
しかも、エインよりよっぽど。
それなのに一人で挑むと言う事は、つまり。

――エインの命も危険って事なんじゃないのか?

エインはミナトを心配してくれている。
それならば。

――いったい誰がエインの心配をするんだよ?

そもそもエインに仲間はいるのだろうか?

「…ゴメンネ。
大人数で行った方が川澄ソラを助けられる確率も上がるんだろうけど、この件に関してはボクの担当じゃないから、協力してもらう事は出来ないんだヨ」

「…担当?
は?
え!? お前やフェルマータみたいな奴は他にもいるのか!?」

「うん。
…まぁ、数える程しかいないけどネ」

「た、担当っていうのは!?」

「…えと、こういう案件…ボク達は“暗件(暗闇の案件)”って呼んでるんだけど、暗件は、先生達から事件を解決する為の担当の生徒が一人だけ決められるんだヨ」

「…せ、先生?」

「そう、先生。
あ、いや、先生って言っても一部の先生だけだからネ」

今の会話でツッコミたい事。
聞きたい事はいろいろ出来た。
が、とりあえず今はそれは置いておく。

“担当が決められている”

どうしても聞きたい疑問が、ミナトの中に生まれてしまった。

「…担当じゃないのに、何でお前、クゥを助けようとしてんだよ?」

担当じゃないから協力してもらう事は出来ない。
それはつまり事件に関わるなという事。
例え異常な力を持っていてたとしても、普通の高校生であるミナトと、同じように。

そのミナトの質問に対して、エインはとてもあっさりと答えた――笑った。

「…何でって。
ほっとけないからネ」

命令された訳でも無い、
クゥと知り合いな訳でもない。
助けはない。
下手をすれば、自分が傷付くかもしれないのに、死んでしまうかもしれないのに。
それでも、聞いてしまったからには、ほうってはおけない。

「キミだって、立場が逆ならきっと同じ事するんじゃない?」

「…まさか。
俺にはそんなの無理だ」

自分を犠牲にしてまで他人を助ける。
言うだけなら簡単だが、実行に移すのはかなり難しい。
それが、他人なら他人の程。
エインは、例え自分が死んででもクゥを助け出すつもりなのだろう。
文字通りの意味で。
独りで。
ほうってはおけないから。

「分かった」

「え? じゃあ記憶を…?」

「ああ、消さない」

「…そ、そっか。
消さないでくれる――て、ええ!? どういうこと!?」

ニヤリとミナトは笑う。
ミナトの中で、がっちりと何かが固まった気がした。

――それは、決意だった。
異常と関わり抜く、決意だった。
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