第一章

□手札の中のジョーカー
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「……ミ…ナト…?」

――何が目の前で起きたのか、エインは必死にそれを考えていた。
膝から崩れ落ちる。

一発の銃声。

まるで子供が玩具の人形を投げ付けたかのように、ミナトの身体は後方に吹き飛んでいた。
潰れた、凹んだ、ひしゃげた。

「…ミ…ナ…ト…?」

ピクリとも動かない。
身体が血で染まっていく。

「…お主が来たから手元がくるったぞい。
頭じゃのうて、身体を撃ち抜いてしもうた」

苦しまずに殺せなかった、とユエは歎く。

(ころせなかった?
しんだ?)

ミナトは動かない。
反応なんてする筈がない。
何故ならば、ミナトは“死んで”しまったのだから。

「……ボクの…せい?」

――そうだヨ。

「……ボクの…せいなの?」

――当たり前だヨ。

「……ボクが…悪いの?」

――だって、ボクがミナトを巻き込んでしまったのだから。

普通の世界を生きるミナト。
普通じゃない世界を生きるエイン。

表と裏。
光と闇。
陽と陰。
それは、例え同じクラスになっていたとしても、深く関わることのなかった筈の存在だろう。
例え話すようになったとしても、親しくなることのなかった筈の存在だろう。
ずっとずっと憧れを抱いていた、夢のような“普通の存在”。
やはりあの時、記憶を消すべきだったのだ。
約束を破ってでも、ミナトを安全な場所に帰せば良かった。

安全な世界へと。

記憶を消せる場面はいくつもあった。
それは、ミナトがエインに心を許している場面でもあった。
しかしミナトを見ていたら――必死になって、全力で、『親友を助けるんだ!』と真っ直ぐな眼差しをしているミナトを見ていたら、エインの心は揺れてしまった。
ミナトから、川澄ソラを奪われたままにしていいのか―――と。
(…もしかしたらボクは、あの時の自分に…無力な自分に、ミナトの姿を重ね合わせいただけなのかもしれない。
大切な人が苦しんでいる時に、何も出来なかった無力な自分に…)
そのせいで、ミナトを関係のない戦いに、世界に、エインは巻き込んでしまった。
(…しかも、それだけじゃない。
それだけじゃない、それだけじゃない、それだけじゃ―――ない)
エインはミナトの強さに甘えてしまった。
『普通』のミナトが持っていた、とても、とても強い力に…。
きっと嬉しかったんだ。
人間のように扱ってもらえて、
人間のように心配してくれて、
人間のように助けてくれて、
友達のように接してくれて、

――ありがとう。
(…本当にありがとう。
そして、ゴメンなさい。
……本当に、ゴメン。
謝って許して貰えるなんて、思ってないヨ。
許される筈なんて、ない。
でも、今のボクには、それしか――謝る事くらいしか出来ないんだ…)
ミナトはもう、この世界にはいないのに、
この声はどんなに張り上げたって届きはしないのに、
それでもエインは、謝ることを止めなかった。
エインの柔らかな頬っぺたを、大量の水滴が伝って行く。
ぽつりぽつりと、地面が濡れる。

「…お主も、直ぐに後を追わせてやろう」

銃口が、コツンと額に当たった。

「…あの世で当たったら、『すまなかった』と、水樹に伝えといてくれんかのう?」

「………、……うん」

微かにエインは首を縦に振る。

「……でも、会ってくれる…かな…?」

「…………、さぁの」

ドォオン! 銃声がまた一つ、神無島に響き渡った。
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