20000HIT感謝企画小説

□Bクラスの日常
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ここは一般生徒は入学不可能、言わずと知れた超エリート校であるアリス学園。
しかしてその正体は【アリス】と呼ばれる特殊能力を持った子どもを育成する究極の一芸学園である。
そんな学園では問題事は日常茶飯事、常に騒がしいのだが、今日もその例外ではなかった。


「水道が使えない!?」


休み時間も終わりかけ、授業が始まる直前にクラスの一人が持ち込んだニュースでクラス内は一気に騒がしくなった。どうやらさっき見た掲示板に張り紙があったらしい。


「どうゆうことだよー」


全寮制であるため、あと一時間の授業が終わっても帰る場所は寮である。学校で使えないということは寮でも使えないということになるのだから、生徒たちにとっては一大事だ。


「いや、俺らは大丈夫なんだよ。水道が使えないのは、ダブルとかトリプル、幹部生みたいな部屋の洗面所とか風呂とかが駄目らしい。だから、今日一日、点検とかが入るから、その人らはシングルの部屋を共同で使うらしい」


その言葉に反応したのは、ダブルのスミレ、トリプルの蛍、祐、流架、幹部生の棗。いつもならクラスの騒ぎなど気にもとめない蛍や棗も、自分たちが関わるとなっては話は別だった。


「何か初等部は他に比べてダブルやトリプルが少なくて使えない部屋もあんまりないから、高等部はもう点検終わってていいんだけど点検途中の中等部から一部が来るらしい。だから今から授業つぶして部屋当てだってよ」


それを聞いて不満げな者、緊張している者、楽しんでいる者とさまざまだ。これから決めるというのにさっさと安全策として友だちと約束し始める生徒までいた。そんな騒がしい状況のなか、突然扉が開く。


「ああ、もう聞いているみたいだね。鳴海先生は少し遅れてくるから、その間は僕が担当します。よろしく」


入ってきたのは、学園総代表の櫻野秀一。その後ろには副代表の今井昴。思わぬ人物の登場に、先ほどの騒々しさは消え去り、皆ぽかんとした表情で彼らを見ている。ありえない光景にほとんどの生徒がついていけていないなか、口を開いたのは蛍だった。


「だからといって何で先生ではなくあなたたちが来るんですか」

「先生方は皆この原因についてかかりっきりだからだ。それぐらい察せないのか」

「問題の程度を把握したかっただけです。それにしてもわざわざトップの二人が来るなんて暇なんですね」

「暇ではない。いつも騒ぎを起こすからわざわざ俺たちがここまで来なくならなくなっただけだ。少しぐらい落ち着いたらどうだ」

「私の責任ではありませんー」


似たもの同士兄妹の見事な攻防を秀一はさらりと流し、いつの間にか入ってきていたらしい何人かの中等部生を手招きすると初等部生笑顔で促す。


「こちらでは君たちの友人関係を把握していないから、とりあえず幹部生とトリプルとダブル、それとシングルに別れた後、どの部屋に誰が行くのか決めてくれ。初等部中等部、男女関係なくでいいから」


総代表に言われれば、無駄に騒ぎ立てる生徒もおらず、驚くほど迅速かつ見事に分かれていく。大体は初等部生同士でくっつき、開いた部屋を中等部生に譲り中等部生同士といったふうに決まっていった。

けれど、やっぱり問題が起こらず終わるわけもなく。


「い、今井さん、僕のとこ――」

「あたしは蜜柑のところに泊まるわ」


勇気を出したシングル生の言葉は総無視で、蛍は今は居ない彼女の部屋へ泊まると言い切る。いつも親友といって一緒にいる二人なのだから当然、けれどその当然を許さない者が二人。


「は?」

「は、じゃないわよ。女の子同士、当たり前でしょう。それとも何、自分があの子の部屋に行くとか言わないわよね?」

「男女関係なしって言ってんの聞いてなかったのか?」

「ていうか今井、女の子って他にもいるんじゃ……」

「何、まさかルカ君まであの子の部屋に泊まりたいってわけ?」

「なっ!そんなこと言ってない!!」


いや、泊まりたい。けど、そんなことをここで告白できる勇気などない。それでも、流架が口出ししてしまったのには事情があった。
中等部生含めもうすでに男子の部屋割りは決まってしまっているのだ。余っているのは女の子ばかり。男子に反して大分残っている。彼女たちが余っている者同士くっついて部屋さえ空けてくれれば棗と流架がそこに泊まればいい。けれど、幸か不幸か二人の顔は幼いながらもすばらしく整っている。言わずもがなそんな彼らに憧れる女子は多く、余っているというよりむしろ進んで残っている彼女たちはその中の一人なのだ。どうやったかしらないが、初等部生だけでなく、中等部生もいる。
憧れていても行動できない子たちにくらべて、残って待ち構えている子は見事に肉食女子。獲物を狙うような熱視線に、流架は部屋に入ったが最期、襲われかねないことを本能的に察知していた。


「いいじゃない、向こうも待ってるみたいだし。あたしがいってがっかりさせるのも心苦しいし、ちょうどいいわよ」

「俺らがよくねぇよ」

「今井、わかってるなら何とかしてくれても……」


困ってますというのが一目瞭然の表情である流架に、蛍はにっこりと笑う。それを見た棗の眉間の皺は深くなり、流架の顔はひきつった。


「ほら、あたしも女子だから。あの子達の気持ちがよくわかるの。憧れることしかできない恋、見てたら少し応援したくなっちゃって」


嘘つけ。声には出さずとも、二人の心の声がはもる。蜜柑と食べ物と金以外ほとんど眼中にない、それがこの美しく腹黒い笑みを浮かべる少女、今井蛍である。こちらの会話に必死で聞き耳を立てている彼女たちの気持ちなどわかるはずもないし、きっとわかろうともしていない。ましてや応援なんてもっての他。


「いいからさっさと諦めろ」

「こっちの台詞よ。あんた、蜜柑を襲いかねないもの。そんな変態野郎にあたしが引く必要なんてまったくないわね」

「今井――」

「わかってるのよ、流架くん。あなたも日向くんと同じでしょう。いくら流架くんが日向くんと違ってへたれのシャイボーイであの子を襲う勇気なんかなくてもあの子はあたしのよ、諦めなさい」


段々とヒートアップし、今にも戦いが起ころうとしていう空気に、クラスメイトは固唾を呑んで見守っている。何せ二人とも学園きっての天才であり、能力者である。そして強い。無駄に強い。よってとばっちりなど逢いたくないのだ。
唯一止められるであろう人、櫻野はにこにこと笑って眺めるだけで、止める気配はない。可能性を持ったもう一人である昴のほうはというと、見守る気さえないらしい。持ってきた本を開いて彼らに背を向けているという見事な無視っぷり。
止めようと頑張っているのは飛田祐、真面目で優しいクラス委員長ただ一人である。

もういいから止めて、誰でもいいから止めてとクラスメイトが願っていると、ガチャリと扉が開く音がした。

救世主――と縋るような目で振り向いた先にいた人物に、クラスメイトたちは固まり、そして瞬間青ざめた。


「あれ、何してんの?」


――神薙晴。
問題児よりも性質が悪い、美しき爆弾魔の到着である。
普段は害はないのだが、今現在言い争いの原因である彼女に関することになると話は別。火に油を注ぐ、というより酸素を送り込むような言動をする上に、これまた二人に負けず劣らず強いものだから、今の状況は最悪である。

そんな彼に一人の女生徒が無謀にも話しかける。ハルもとてつもなく顔の整った少年であるため、棗や流架狙いだけでなくさっきまでいなかったハル狙いもいて待っていたようだ。状況が状況なので「おいお前ちょっとまて空気を読め読んでくれ死ぬぞ死んじゃうぞお前だけじゃなく俺らも!」と脳内パニックを起こしながら、クラス全員がごくりとつばを飲んだ。


「ハ、ハルくん。わたし、ハルくんの部屋、良いかな…っ?」

「ああ、うん、いいけど。部屋の物触らず、一切の痕跡を残さないなら」


思いがけない言葉に、固唾を呑んで見守っていたクラスメイト、そしてさっきまで言い争いをしていた三人まで目を見開いてハルを凝視する。一方その女生徒は舞い上がって、頬を紅潮させながら何気にひどいさっきの言葉に何度もうなづいている。


「うん、うんっ!約束するっ!」

「そう、ならいいけど。誰と使うのか知らないけど、もう一人の人にも言っておいてね」


微笑まれて一層顔を真っ赤にさせるが、言われた言葉に何か引っかかった。


「……え……?」

「ハル、邪魔やからはよ前行って」

女生徒の声は、新たに入っていた少女の声によってかき消されてしまった。

「蜜柑、どこいってたの。さっきまで探してたのに」

「先生に頼まれごとー」


暁というもう一つの顔を持つ蜜柑のアリスは【無効化】以外に【水】と【破壊】がある。水のアリスを持っているだけあって、水に親しい彼女はさきほどまで調査に借り出されていたのだ。解明まではアリスを使うのでしてこなかったが。
ひょいと避けたハルを通り過ぎ、調べ終わった報告書を先生から預かってきたといって櫻野に差し出す。後ろで書類運びを手伝ってくれていたベアが、昴に同じものを渡していた。


「あと、鳴海先生が部屋当て終わりましたかーって」

「ああ、一つ手間取っているところがあってね、そこさえ終われば後はスムーズなんだけど――」

笑いながら答える櫻野を遮る教室の後ろからの声に、蜜柑は首をひねった。

「おい、蜜柑。泊めろ」

「いいで」


これまた赤面もののストレートな誘いに、彼女はあっさり承諾。あっけなく野望を崩された女生徒たちは殺気立ち、「おいおいどうなるんだよこれ」と見守る生徒たちがいるなか、当の本人たちはお構いなしで帰る準備を始めてしまっている。


「蜜柑、あたしも決まってないんだけど?」

「蛍?蛍なら大丈夫やで。今日暁部屋留守にするらしいから蛍なら使ってもいいって。暁の部屋はあいつ水のアリスだから点検とかはせんでも大丈夫やから」

「そうなの……」


にこにこと告げられた言葉に、蛍は複雑そうな顔をする。あのなかなか心を開いてくれない新しい友人が自分なら、といってくれていることは嬉しいのだが。ちょうど目があった棗の無表情が、何となく勝ち誇った顔に見えて、思わず眉間に皺が寄った。
目の前で決まった一瞬のことに、これからのことを思い流架は一人青ざめる。案の定、後ろからはさらに鋭くなった女子からの視線。もともといろいろな噂あった棗には何もできないというのがわかっていたのかミーハーなファンはあっさりと標的を残ったもう一人に絞ったらしい。

思わず無言になったのは不可抗力。彼の末路を思って周りが無言になったのも不可抗力。沈黙の中、授業の終わりと戦いの終わりを告げるチャイムが鳴り渡った。


「で、どこが手間取ってるとこなんですか?」

「いや、うんもう大丈夫みたいだ」

「そうなんですか?じゃあもう終わっていいんやろか?」

「うん、いいと思うよ……」


遠い目をする櫻野に蜜柑は首をかしげる。先に行っといてといわれた棗はゆったりとした動作で教室を後にした。彼が行ったのを見て櫻野のその表情にそれ以上の興味はなかったのかくるりと方向転換し笑顔で「じゃあ蛍、暁の部屋案内するわ」と声をかける。

そして扉を開けて出て行く瞬間、あ、と声を上げると何かを思い出したように「ハル」と振り向いた。


「部屋勝手にしてもいいけど、元の位置に戻しといてな」

「わかってるよ、じゃあまた明日」

「また明日ー」


扉の向こうに消える背に、ひらひらと手を振っているハルに、戸惑ったような声がかかる。


「あの、ハルくん。部屋、って」

「うん?あーあれ、今日俺蜜柑の屋根裏借りるから。あ、俺の部屋は元の位置戻すとか関係なく触らないでね」


「知らない人に触られたくないし」ととどめの一言を残すと、彼もまた扉の奥へと消えていった。残されたのは呆然とする女生徒一人、愕然とする流架、それらを哀れみの目でみるBクラスメンバー。彼らだけは気づいていた。まだ一緒に過ごして少ししか立っていないけれど「少女のほうは天然、少年のほうは確信犯」であると。
絶望してもういっそ野宿しようと決心する少年の背とそっと叩く者が一人。憔悴顔で振り返った先には、ベア。彼はくいっと親指を立てると後ろの方角にある自分の家を差す。そう、まるで「俺の家、来るか」というように。

それは、流架にとってはまぎれもない救いの手。


「俺っ、今日ベアのところ泊まるから!」


ハルの所業に呆然としている皆の後ろから宣言すると「え!?」という驚きの声にかまわず流架は足早に去っていった。
残ったのは決まって見守り体勢に入っていた生徒と、あわよくばという願いをことごとく撃ち滅ぼされた多数の女子。


「………それじゃあ、残りで分れてくれる?」


促す櫻野の声が無常に響いた。
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