20000HIT感謝企画小説

□めぐりあい
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――もう、あれから二十年の月日が流れようとしていた。



先ほど訪ねてきた夫婦は、年をとってもその面影は変わらず懐かしさがこみ上げる。その懐かしさからか元々感情を表に出さない妻が嬉しそうにお茶を用意して戻ってくるのを見て、流架は微笑んだ。


「随分、久しぶりだな。やっぱりお前らも結婚したのか」


翼は予想通りに愛らしかった顔立ちを色香を放つ麗しい美貌へと変化させた二人の後輩を見て、からかうように笑う。彼らの姿を見るのは、自分たちが卒業して自由の身になったときぶりだった。そのときから、見目が整った者が多い学園でその美貌は際立っていたのだが。


「はい。あなたたちは相変わらず仲がいいようで。さすが、全校生徒の前でプロポーズしただけはありますね」

「今更蒸し返すなよ、そんなこと……」


照れることを狙っていった言葉は思わぬ反撃にあった。余裕ありげに笑いわざとらしく丁寧な物言いをする流架を驚いた表情で見た後、恥ずかしいことをしたのを自覚していたのか翼の顔は苦々しいものになるが、言われたほうの美咲はそのときのことを思い出したのか楽しげに笑っていた。


「それで、今日はどうしてこちらへ?家の場所なんてよくわかりましたね」


さっきまで聞き役に徹していた蛍が、突如口を開く。そんな突然の質問にもかかわらず、それがくるのをわかっていたのだろう、笑って翼は口を開いた。


「この近くに引っ越してきたんだよ。お前らがいるなんて知らずにな。けど、隣の家の人がおしゃべり好きの人だったみたいで、『ここには美男美女の夫婦が住んでる』ってわざわざ教えてくれたんだよ。その上、容姿までこと細かく。金髪碧眼の夫と黒髪で紫の瞳の妻。聞いたとたん、まさかって思いつつも引越し挨拶がてら来てみればそのまさかだったってわけだ」


それを聞いて蛍は「そうですか」と納得したようにうなづいた。自分も夫も昔から噂と話題にされやすいことを知っている彼女は勝手に自分たちのことを言っている人間を誰とは聞かなかった。流架も苦笑するのみで、彼らを見ているともうすでにこの土地に来てから散々騒がれたのが見て取れる。会話が一旦途切れたことによって何となく外に目をやれば、太陽に照らされて光る水の飛礫が目に入った。


「……狐の嫁入り」


ぽつり、と蛍が呟く。陽光に反射するそれらはまるで光が振ってくるようで、幻想的で美しい。けれど、彼女にとってはそれだけではなくて、特別な景色だった。


――彼女が消えたときと同じ景色。


その様を見ていると、彼女の意識はいやおうなくあの日に引き戻される。他の三人も同じようなのか、言葉を発することなくその雨を食い入るように見つめていた。


『幸せに、なってね。きっと逢いに行くから、もう一度。どんな形ででも。だから、また友達になってね』


彼女はその心臓を止める瞬間さえも、蛍が好きな笑顔だった。
棗は彼女を守るために戦いの中で死んだ。そして、ハルもまた。若すぎる年齢で死んでいくというのに、満足しきったような笑みを浮かべて。彼女は戦いの中では死ななかったが今までに酷使された命は戻らず、二人の後を追うようにして白いベッドの上で息を引き取った。
三人を失った絶望感はひどいもので、世界の終焉が来たと思ったほどだ。いや、実際来ていたのだろう、少なくとも蛍や彼らをよく知るものたちの間では。あの時の自分は死んだも同然で、あまりよく覚えていない。ただ、誰かが自分を生かそうと必死で動いてくれていたことだけがおぼろげに思い出されるだけだ。


――蜜柑。最初の、そしてきっと最後になるだろうたった一人の親友。

一度思い出してしまえばその思いはとめどなく溢れてきて、とめられなくなる。ねえ、蜜柑、あの約束は?一体いつになったらもう一度私の前に?無理だとわかっているのに、そんなことばかりがどうしても浮かび上がってしまう。夫も、そして彼との間に生まれた息子も愛していて、幸せだというのに、どこかで彼女を望んでいる自分はなんてひどい女なのだろうと自嘲するように笑った。


「……そういえば、あわせたい奴がいるんだ」


静寂のなか、ぽつりと翼が呟いた。
告げたあと、翼はこれが正しいのかわからなくてやはり逢わせないほうがよいのかもしれない、と思い後悔する。けれど、そんな翼の心のうちがわかっているかのように、美咲は彼の背を叩くと「大丈夫だ」と言わんばかりに笑ってみせる。


「俺たちもいる」


彼らとは反対で、その静かに告げられた言葉に戸惑うような視線を向けるのは蛍のほうだった。「大丈夫だよ。たぶん、この人たちならわかると思うから」と昔から変わらぬ人を安心させる笑みを彼女に向ければ、彼女は何かを決心するように目を閉じて深く息をつくと、立ち上がった。


「二人は?」

「たぶん、家にいると思う」

「そうか。……じゃあ、今からうち来るか?」


どうやら彼らの逢わせたい人は二人いて、なおかつ家にいるらしい。きっと自分たちが逢わせたい子は外のいつもの場所で遊んでいるだろうから、ちょうどいい。迎えにいったついでに彼らの家にいけばよいのだから。了承の意味をこめてうなづいた。






「那津」


呼べばくるりと振り向くわが子に、手招きして呼び寄せる。案の定友達と遊んでいたところを邪魔されたことが不満らしい彼は眉間に皺が寄せられるが、渋々ながらもこちらへ向かってきた。


「……なに」

「今から、引越ししてきた昔お世話になった人たちの家にいくの。だから、那津も一緒に来なさい」

「おれはいいよ。ひっこしってことは近所だろ。どうせいつか会うんだし」


不満顔だというのにその表情が妙に似合ってしまうと思う。今年で七歳なのに、この生意気な口調も。


「那津にあってほしいんだよ。今、あってほしいんだ」


優しく諭す父親に、彼は眉間の皺はそのままでもこっくりとうなづいた。蛍のときは口答えをするというのに、流架には口答えしないのだ。同じところを見つけるたびに思ってしまう。やっぱり、と。変わってないなあ、と。

一旦友達のもとへ戻り別れを告げると戻ってきた息子の手を引いて、さきほど聞いた家へと向かう。
少し歩けば、目的地である家についてインターホンを鳴らすと、「どうぞ」と明るい声が聞こえてきた。笑って出迎えてくれた美咲に挨拶すると「さっきとは逆だな」と彼女はまた笑い、上がっててといってお茶の用意をしにすぐにいってしまう。流架の後ろにいる小さな存在には気づかなかったことにほっとすると「さっさとあがって来い」と壁の向こうにいるらしい翼の声が聞こえてきた。


「……で、逢わせたい人は?」


リビングに入れば逢わせたい人がいると思いきや、翼とキッチンに立つ美咲しか見当たらない。きょろきょろと見渡す様子に、翼は苦笑する。


「いや、リビングで待たせるつもりだったんだけどよ、ちょっと部屋をちらかしててな。片付けてから降りてくるようにいったんだ」

「……子ども?」


何となく気を張ってただけに、拍子抜けした。自分たちがあわせる子が子だったから、相手方にも何かあると思ってしまったけれど、ただの子ども自慢か。


「おう。小四の長男一人に、今年小学校に入る長女一人。それで?お前らが逢わせたいっていう奴の姿も見当たらないんだが?」

「私たちも、子どもよ。今年小学校に入る男の子。……おいで、那津」


蛍の言葉に促されて、流架の背から覗いたのは、紅蓮。


「…………なつ、め?」


呆然と呟かれた言葉に、ああ、やっぱり、と思った。
つややかな黒髪に、昔から印象的であった紅蓮の瞳。警戒心むき出しでこちらを見てくるところなど、彼と同じだった。

もっとよく見ようと無意識にアリスを使って、引き寄せる。とたん、幼くも整った顔に刻まれた眉間の皺がさらに深くなる。覗き込んでくる翼に対して、ぼっと小さく燃え上がる炎。
「うわっ」と思わず声を上げてのけぞれば、小さな口から紡がれるのは。


「なつだっつっただろうが。頭わりぃのか、影」


見事なまでの暴言。「顔ちかすぎなんだよ、きしょくわりい」とこれまた続く言葉は暴言。
あまりにも彼は彼だった。昔と変わらぬ言葉に彼の親である夫婦は複雑そうに、けれど幸せそうに笑っている。


「黒い髪に、目つきの悪い赤い目。生まれたときは、こんなことってあるのかって思ったわ。最初は思わないようにしてた、死んだ彼をこの子に重ねるなんてって。でも炎のアリス、失礼な物言いも全部同じで。日向くんが帰ってきたんだって思うのよ」


「それにこの子、流架君には逆らわないのよ」と苦笑まじりにつけたされる。


「俺もね、そんなことありえないって思うんだけど、やっぱり戻ってきてくれたと思うのも確かでね。佐倉の言葉があるから余計に、かもしれないけど」


翼は笑った。話がわからず未だ不機嫌そうな彼に、自分たちの考えの歪さに苦しみながらも彼の帰還に喜ぶ彼らに、これから待ち受けているだろう展開に。

とん、とん、と響いてくる音で、その展開がすぐそこまで迫っていることがわかった。



「父さん、入るよ」


小学四年生とは思えない落ち着いた口調。次の瞬間、現れたそれは蛍たち二人の息を止めることはたやすかった。


――癖毛の黒髪と翡翠色の瞳を持つ少年と、彼に抱えられた亜麻色の長い髪をツインテールにして琥珀色の大きな瞳をきょろきょろとせわしなく動かす少女。


「…………みかん…?」

「晴人と蜜香。この二人は俺の後輩なんだ、流架と蛍。そしてその息子の那津」


紹介されると、晴人は蜜香を抱いたままぺこりと頭を下げる。蛍は少女から目を離せなかった。彼女がいる。あの自分が大好きだった笑顔で。


「びびったろ?お前らと一緒のこと思ったよ、俺も。でもさ、成長していくたびに、俺の知っているあいつらを思い出すたびに思い出すんだよ、蜜柑の言葉を」



――『きっと逢いに行くから、もう一度。どんな形ででも』


彼女の最期の言葉。どうしようもなく、魂が震えるのがわかった。戻ってきてくれたのだ、彼女たちは。約束通りに。


「あたらしい友だち?」

「いや、」

「友達になってくれるの?私は蛍っていうのよ」


否定しようとした翼を蛍は目で制すると、まっすぐに見つめてくる透明な瞳にふわりと笑いかける。


「うん!わたし、みか!よろしくね、ほたる!」


私の大好きな笑顔。陽だまりのように暖かい私の救いだったもの。流架のほうへと振り返れば、彼も泣きそうな笑顔を浮かべていた。翼も美咲も、彼らを愛おしそうに眺めている。

蜜香は、流架の近くからじっと自分を見つめる瞳に気がついたのか、自分を抱えた晴人にせがんで下ろしてもらう。
軽い足取りで近づいて不思議そうに彼の顔の覗き込んでから、花咲くように笑った。


「わたし、みかっていうの!君は?」

「なつ。のぎなつ」

「なつ、これからよろしくね!」


軽やかな笑い声を立てる蜜香に、那津も不器用に、けれど嬉しそうに笑っていた。なんとも可愛らしい光景に、大人たちは一様に頬を緩めるが、どうやらそうもいかないらしい人がいた。


「兄の晴人です。よろしくね、那津くん」

「………」


大人げなく、――といっても実際大人ではないのだけれど、さわやかな笑顔のしたに黒さをにじませて晴人は那津に向かい合う。子どもゆえの純粋さからか、それとも昔の経験からか、その黒さに気づいたらしい那津は、挑むように睨んでいた。蜜香はそんな彼らの視線の攻防などまったく気づく様子もなく、無邪気に笑う。


その光景は、あまりにも昔一緒にあの学園を過ごした彼らそのものだった。

どうかこの奇跡が未来へと続いていけばいい。
あの頃よりもアリスという存在は格段に減ってしまった。晴人はアリスじゃなかったらしいが、那津はアリスで、蜜香もアリス。希少になっている今に、彼ら二人がアリスとして生まれてきた意味なんてわからない。おそらく、あの頃よりもたくさんの苦労が待っているのだろう。けれど、あの笑顔を、希望を失わせたりしない。
あの頃、自分たちは守ってもらってばかりだった。今度こそ、守ってみせる。


いつの間にか、外の雨はやんでいた。

柔らかな日差し、響くのは無邪気な子どもたちの笑い声。目を細めてそれを見つめる昔の友人たちに、隣に立って微笑みかけてくれるのは愛しい人。

蛍は、笑った。

もう、あの虚無感が襲ってくることはない。


「私、とても幸せだわ、蜜柑」
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