□No.10
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「ねえねえ、前にある席、なんか2つ多くない?」

「執行部に誰か新しく入ったんじゃないの?」

「違うだろー。何かちょっと執行部と離れた位置に置いてあるぜ?」

壇上には、2つの空席があった。
生徒達はそれに対してこそこそと自分勝手に想像を膨らませて会話する。
それを横目で見ながら、翼は隣にいた美咲に小さく声を掛けた。

「美咲、あそこに座るの誰だと思う?」

「あたしがそんなの知るわけねーだろ。それより、蜜柑がいないんだけど」

「あー、あいつなら寝坊でもしたんだろ。すぐ来るって」

そんな会話を繰り広げているうちに開会式はどんどん進行していった。


「では、全校生徒を代表して学園総代表の櫻野秀一君の挨拶をお願いしたいと思います」

そして櫻野が挨拶していたその頃の舞台裏。

「何で此処で待ってから挨拶するときに出て行かなきゃならないんだよ。
どうせ私たちの席も用意してあるんだから、執行部が座っていってるときに一緒に行かしてくれれば良かったのに。
こんなの、余計に目立つじゃん」

苛々した様子で、蜜柑は身体を揺する。

「目立たせたいんじゃない?ほんと趣味悪……」

眉間に皺を寄せていたハルはあきれた口調で、大きく溜息をついた。
二人して不機嫌さが最高潮に達していて、今から大勢の前に出るのだとしても取り繕うつもりなど微塵もなかった。
むしろ、そのことを態度で全面に出してやるつもりだ。

「次に、新しく出来たシステムである、特別生徒による補佐員【アルム】の紹介です」

「あ、終ったみたいだ。
行こう、ハル」

「はいはい、今からは、宵、だけどな」

「わかってるって。そんなヘマしないから」

そう言葉を交わして、暁と宵の名で、蜜柑とハルは壇上に向けて踏み出した。









二人の登場とともに、ざわめいていた場内は一瞬にして静まり返る。



彼らが一歩踏み出すたびに、威圧感が増すように感じさせられた。

声が出ない。

いや、出せないのだ。

彼らの持つ独特の雰囲気がそれを許さなかった。

皆が皆、魅せられ、囚われる。

その空気は恐ろしくも甘美なもので、一種の麻薬のようだった。


そんな会場を気にする様子も無く、少したりとも無表情を崩さず、マイクを持ち上げた。

「学校、その中でも校長を補佐する者【アルム】の一人、佐藤暁(サトウ アカツキ)です」

「同じく、【アルム】の残りのもう一人となる、鈴木宵(スズキ ヨイ)です」

偽名の名字は、日本で一番多い名字をとった。
つまり、適当ということだ。
変にいじった名前をつけると、怪しまれそうだと思ったのもあるが。

二人とも淡々と簡潔に述べれば、もう用はないとばかりにさっさと席につく。
受けた衝撃が和らいでくると次は興奮が襲ってきたのか、一気に会場がざわめきだした。
どこもかしこも、そこにアイドルでもいるかのような黄色い悲鳴が飛び交う。

「きゃー!!こっち向いてーっ」

「かっこよすぎ!!」

「どっちも超美人じゃん!」

「あたし、黒髪派!」

「えー、白銀の子のほうが可愛いよーっ」

女の子特有の甲高い声が響く。
それを完全無視し用意されていた席に座って、一人は固く目を瞑り、一人は明後日の方向を見たまま動かない。
明らかに二人とも不機嫌なのだが、生徒達は興奮しすぎて一向に気づく様子を見せなかった。
男子生徒も女子ほど声が高くないので声がそこまで響くことはないが、同じくらい騒がしい。

「……あの白銀の髪の子って女だよな!?」

「でもズボンはいてるぜ?」

「うわー、男だったら超ショック!!」

「いや、あそこまで綺麗だったら男でも……」

最後に不吉な言葉が聞こえたような気もするが、誰も気にする様子はない。
本人が聞けば、確実に言った奴は半殺しにされていた言葉だ。
そしてその傍にいるもう一人が聞いていれば、半殺しではすまなかっただろう。
幸い、皆が皆同じように騒がしかったので、誰がどんな会話をしているかなんてわからなかった。

「……あいつ、」

「ん?……翼、知り合いなのか?」

「いや……でも知ってる。……あの白銀の髪、この前見た奴だ」

しゃべったことなんて一度もない。
たった一度だけ遠くから見えた存在。
好きとか、そんなんじゃないけれど、なんだか気になった。

やっと落ち着いてきたところで、司会が話を進めていく。

「……宵、俺、こんなに人がいるなんて知らなかった」

司会の話を聞かずに隣に居る少年に独り言のように話しかける。

「……そう?」

「いや、知ってたけど、実感がなかった。
所詮、此処は鳥籠だからって思ってた……でも、」

鳥籠の中でも、ちゃんとこんなにもたくさんの命が存在してる。

「……大丈夫だ、」

何に対する大丈夫なのかなんて、わからなくても良かった。
昔からの蜜柑を安心させるための彼の口癖だったから。

開会式がいつの間にか終っていて、周りの様子を確認してから動いても良さそうだと判断すると、
すぐさまここを去ろうと立ち上がった。
けれど、そのまま壇上を降りることは叶わなかった。

「……何ですか」

目の前には何時もどおりの嫌な笑みをたたえた久遠寺が居た。

「いや、今此処に来ている本部の上層部の方々が君達と会いたい、と言っていてね。
だから、今から簡単でいい、挨拶をしてきなさい。
それが、この後壇上を降りた君達への仕事だ」

最悪な奴等に興味を持たれたかもしれない。
心の中で毒づくと、無言のまま、頷いた。
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