▽拍手log
□静かなる野点の後に
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間近に迫った卒業を前に、僕のお茶を飲みたいと言った彼女の要望に応えて、蕾が少しずつ開き始めた桜の木の下で野点をする事になった。
勿論、二人きりで。
「結構なお点前で」
「お粗末様です」
形式張った台詞の後に、顔を見合わせて思わず笑う…そんな何でも無い事が幸せで、僕の心は温かくなる。
でももう、こんな事は二度と無いかもしれない。
ふと思ってしまった事に、一気に下降して行く気分。
君は不思議そうに僕を見る。
「どうかしましたか?」
「…うん、ちょっと……淋しいなって、思って…」
そう言って苦笑すると、彼女の表情まで曇ってしまう。あぁ嫌だ、そんな顔をさせたい訳じゃないのに…。
僕は手を伸ばして、その頭を撫でる。
「ねぇ、僕が卒業してもまた、僕のお茶を飲みたいって言ってくれる?」
「…良いんですか?」
目を丸くして驚いた顔をした彼女に、僕はニコリと笑う。
「うん、君が望むなら」
「そんな事言ったら、うんと我が儘言っちゃいますよ?」
「ふふ、楽しみにしておくね」
悪戯っぽく笑った彼女に僕も笑う。
卒業しても君に会う口実が欲しい。
君の笑顔を独占できる理由が欲しいんだ。
だから、今この場限りの嘘でも良いから、ほんの一時の君の時間を、僕にくれると約束して…。
束の間の幸福に酔う
(手を伸ばせば触れられる距離)
(それさえももどかしくて切ないよ)
END