短編

□安倍の兄弟
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「兄様、まだいらっしゃったのですか」
「俺は帰りたいんだがな。宿直のはずの者がなかなか引き継ぎに現れないと暦生がな」
「それは大変ですね、兄上」

傍から見ればほのぼのとした兄弟の会話。しかしその中にあって成明の心持ちは焦りでいっぱいだった。
なぜにこの兄はここにいるんだというのが本心だが、賢明な成明はそれを口には出さない。
代わりに用意しておいた口上を口にする。

「すみません。書物を取りに行って読みふけってしまいまして」

証拠と言わんばかりに手にした書物に視線を移せば、納得したように二人の兄が頷いて見せる。

「そうかそうか、成明は真面目だな」
「そうですね、兄上」
「そんなことはないですよ」
「そうだな。今まさに兄を欺こうとしているんだからな。というわけで回収だ」

ひょいと手にしていた書物を取り上げられ、二人はにこやかな笑みから真剣な顔へと表情を一変させる。

「体調の悪い奴が宿直なんてできるわけないだろう」
「うぅ〜」
「駄目だよ成明。だますならもっとうまくやらなきゃね」

いつもはもっと巧妙にやるのだが熱の所為か上手く思考が回らなかったらしい。あっさりばれた成明の額に昌親の手が伸びる。ひんやりとしたその手のひらが今の成明には心地いい。

「宿直は他のものが代わってくれることになった。お前は今日は帰れ」
「しかし……」
「俺の弟なら兄の言う事は聞け」

どんな言い分かはわからないが、ここは大人なしく言う事を聞くことにした。

「すみません」

朝の段階では全くの健康だったのだが、今はそれも言い訳でしかない。

「今日はしっかりと帰って休め」
「母上に兄弟そろって顔を合わせたいから、今日は大人しくしているんだよ」
「わかりました」

仕方ないが兄の言う事は最もだ。せっかくの機会に自分だけが臥せっていては母にも悪い。
結局は兄二人には敵わないのだ。

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