短編

□安倍の兄弟
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塗籠の中でそこそこ時間をつぶした成明は、まさに今まで書物を探していましたといった風情で塗籠をあとにした。

「うーん、宿直の日に限ってどうしてこうなるのかな」

内心元気いっぱいなのだが、目の前は回転を始める寸前だ。気の所為ではなく確実に額が熱い。しかし、残念なことに表面上は誤魔化せてしまうのだ。変なところで負けず嫌いな成明は、陰陽寮のものとはいえ自分の弱っているところを見られるのも悟られるのも嫌だった。

「後半日、朝までここにいれば問題ない」

問題大有りなのだが、熱の所為か少々考え方が別なところに行っている。
塗籠で時間を潰していたのは兄である成親が帰るのを待っていての事なのだが、果たして帰ってくれているだろうか。
遅めの出勤後、次第に体調が悪くなっていくのを兄にばれないように華麗に避けながら仕事をこなしていたのだが今兄に会ったら確実に一発でばれるだろう。

「そこは兄だしね……」

三人の弟を持つ成親は兄としても頼れる存在なのだが、その飄々としたたぬきぶりが最も晴明に似ていると言われている。口でも兄に敵わない事も知っているので、なにか後ろめたいことがある時はさりげなく兄から距離を置くという技を身につけるに至ったのだ。
それでいいのかとも思わなくもないのだが、成親は別の所に時間を割くことにしたのだ。

「おや、成明じゃないか」

声だけで誰かを悟った成明は瞬間でもう少し塗籠にこもっていればよかったと後悔した。

「昌親兄様、今お帰りですか?」

兄弟一温厚なすぐ上の兄の登場に、思わず回れ右をしたくなるのを全力で押さえる。

「あぁ、明日は久々の休みだからね。今日はこのまま帰えろうかと思っているよ」
「そういえば、成親兄様も明日は休みのはずですよ。昌浩は物忌みで三日ほどこもっていますし」

兄弟の休みが重なることはこれでなかなか珍しい。昌浩に至っては厳密には休みではないのだがそこはそれ。

「残念だね。成明は休みじゃないのかい?」
「今日は宿直なので」

明日は朝に帰ってそのまま出仕はない。

「じゃあ久々に兄上と安倍の屋敷に行こうかな」
「じゃあ帰ったら母上に伝えておきますね」

父の予定は定かではないが、母はなかなか四兄弟そろって会う機会もないので喜ぶだろう。
余談だが成明は母である露樹だけは『母様』ではなく『母上』と呼ぶのだ。これは一番最初にそう呼んだからなのだが、吉昌は『父様』と呼ぶので統一感は皆無だ。

「じゃあ兄上にも伝えておかないとね。どうですか兄上?」
「なるほどいい考えだな弟たちよ」
「成親兄様、驚かせないでください」
「微塵も驚いた様子を見せないやつに言われたくないな」

背後から響いた声に大して驚いた様子もなく普通に返せば、不満そうな兄の声が返った来る。まだ帰っていなかったらしい。

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