短編

□千の夜の果てに
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兄に頑張ってもらい、ここ二、三日では珍しく定時に仕事を終わらせることができた成明はやや足早に公明の邸へと向かった。
邸にて名を告げれば、既に公明は帰邸しており、殆ど待たされる事なく奥へと通された。

「遅くなりまして」
「構わない。さっそくで悪いが、事情を説明する。私には七つになる娘がいるのだが、その娘に守護の術を施してもらいたい」
「結界をという事でよろしいので?」
「……それだけで退けられるか?」

頻りに動く瞳を注意深く観察していた成明は、娘の心配だけではないく、何かあるのだと当たりを付ける。

「先程も申した様に、成明殿には場合によっては手を汚して貰う必要がある」
「……全てお話ください。そうでなければ何もお応えすることができません」

きっぱりと言い放てば、公明はうちひしがれた様に肩を落とす。僅かな間、逡巡していた様子の公明だったが、意を決した様に口を開いた。

「二年程前になる。吉野にある別邸に家の者と涼を求めに行った時の事だ」

その日、家人が目を離した隙に姫は別邸を抜け出した。偶然にも外に出ていた公明がすぐに発見したのだが、その際に運悪く妖怪の縄張りに入り込んでしまい、そして、遭遇してしまったのだ。

「その妖怪は言ったのだ。奴は住み処を荒らした事に怒り、私を食おうとした」

しかし、父の危険を察した娘が庇う様に前に出たのだ。小さな両手を広げて。

「命が惜しければ娘を差し出せと言って来た。もちろん私は断った。だが、奴が納得することはなかったのだ」

娘を神の加護から離れる七つになったら食らいにいくと告げて姿を消した。千日後に再び現れるという言葉と、目印として深紅の勾玉を残して。

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