短編

□千の夜の果てに
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「成明殿は、参議の重泰殿をご存知か?」
「参議のと申しますと、大野重泰様ですか?」

成親の義父、為則と同じ役職で、これまた成明とは縁遠い人物である。

「そうだ。詳しくは私の邸で話すが、もしもの時には……」

それ以上は語らず、仕事が終わったら邸に来てほしいとの旨を残して公明は持ち場に戻って行った。
その姿が完全に見えなくなり、周りに人がいないことを確認して盛大にため息をつく。言葉を濁して去っていったが、要は呪詛か呪殺をということだ。

「面倒な事になりそうな予感が……」

安倍四兄弟の中で、汚れ役、直球で言えば人を傷付けたり殺めたりという仕事は成明に回って来やすい。自分で選んだ道なので、別に何とも思っていないのだが、気になることもある。
兄弟それぞれに役割があった方がいいだろうと思っての選択だが、それを知った時、弟はいつもと同じ瞳で見てくれるだろうかと。

「なーんて、起こってもないことを心配してもしかたないか」

成親は長兄として、昌親は天文の面で昌浩を助けるだろう。ならば、あの子が少しでも長く真っさらでいられる様にするのが成明の役割だと、決めたのは成明本人だ。

「何が仕方ないんだ?」
「……弟の独り言を盗み聞きするのは兄として良くないですよ」
「かわいい弟が悩みを抱えてるのではないかと、こんなにも心を痛めているのに」
「はいはい、戻りましょうね」

どこをどうやってここに来たのかはわからないが、歴生たちは努力虚しく撒かれたらしい。ならば、歴生として成明が同僚たちにしてやれるのはこの兄を連れて帰ることだろう。今後の予定の為にも、是非とも兄には頑張って欲しいものだ。

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