短編

□千の夜の果てに
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「成親兄様が戻ったら渡しておくよ」
「お願いします」

頑張っている様子の弟を労おうと口を開いたが、音を発することなくそれを閉じた。
昌浩から視線を外し、現れた人物へと向けるると、顔と衣の色を確認し、成明は極上の仕事用笑顔を作ってみせた。因みに昌浩は兄のその笑顔を見た途端、上達目に頭を下げてこの場からいなくなった。

「お取り込み中でしたかな?」
「いえ、もう済みましたので」

自然な流れで成明は立ち上がった。座ったままではおそらく失礼にあたる相手だ。
中納言、藤原公明。
歳は成親より上で、どちらかと言えば穏やかな印象が先立つ。身分的なこともあり、あまり話した事はないのだが。

「公明様、何かご用でしょうか?」
「うむ、いや」

話し出し難そうにしている公明の様子から、成明はすぐに人目のつかない場所へと移動する。公明も心得たもので、成明の意図することを察してくれたようだった。

「折り入って頼みがあるのだが」
「頼み……ですか?」

陰陽師に頼み事という事は、仕事ということだろうか。

「本来ならば晴明殿に頼むべきかとも思ったのだが、事情が変わってな」

些か憔悴しきった感がある公明に、成明も面倒事かと当たりをつける。貴族のあれやこれやは、仕方ないと言えば仕方のないことなのだ。

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