短編

□千の夜の果てに
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ばたばたと部屋を出ていく同僚を横目に、成明は小さく息を吐いた。手にしていた筆を置き、思わず遠い目になる成明の様子に気づく者は誰もいない。何故なら、部署には誰もいないのだ。

「この忙しい時に、博士一人捕まえるのに総出で行ってどうするんだろうね」

自分の机の両脇に積み重ねられた仕事を見て、今度こそ盛大にため息をつく。
端午節会が終わって内裏の中も落ち着き始めていた。大祓までは大きな行事もないはずで、忙しくもない日々が続くはずだったのだが。

「なんでここ限定で風邪が流行るんだろうね」

流感は通年なら冬に流行するのだが、風邪はその時々。季節の変わり目であるこの時期は特に多い。一人また一人と風邪で伏せってしまい、歴部署は通常の半分以下しか出仕していない状態だ。

「兄様もこんな時に逃げ出さなくてもいいのに……あれ?」

ぶつぶつと文句を呟いていると、馴染みの気配が近づいてくる。程なくして、弟と物の怪が姿を見せる。

「やぁ、昌浩」

爽やかに出向かえた成明と違い、昌浩と物の怪は歴部署の様子を見て唖然とした表情をしている。

「……だ、誰もいない」
「おいおい。話しには聞いていたがこんなに酷いのか?」
「流石にこんな状況なら、俺も来たくなくなりますよ。今は博士を追いかけに行っていて……」

そろそろ捕まっただろうかと考えていると、昌浩の手に幾つかの文や書類が収まっているのが目にとまる。

「預かるよ。兄様にだろう?」
「あ、はい」

本来の仕事を思い出した昌浩から受け取ると、とりあえず空いている場所にそれらを置く。今、成親の机に置こうものなら、あっという間に他の仕事に埋まってしまうのは目に見えている。

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