短編

□兄と、弟と。
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塗籠の戸に手を掛けた所で、聞き覚えのある声が耳に届く。

「楽しそうだね……」

一瞬開けるかどうかを逡巡するが、苦笑混じりにそのまま力を込める。開かれた戸の向こう側には、予想通りの人物が驚いた表情でこちらを見ていた。

「外まで声が聞こえていたよ、昌浩」
「成明兄上!?」

物の怪のくせにといつものように騰蛇とやり取りをしていたのだろう。元気な事は良いことだが、時と場所を選んで欲しい所だ。

「誰が聞いているかわからないから注意するんだよ」
「やーい、怒られたー」
「もっくん、五月蝿い!」
「………うん。まぁ、いいか。もう」

仕方ないと言えば仕方ないのだろう。
困ったように苦笑を漏らすと、言い合う二人を諌めるように手を叩く。

「ほらほら、二人とも。手に持ってる書を運ぶんだろう? 早く戻った方がいい」
「しまった! 敏次殿に叱られる」

慌てて書を持ち直す弟に、思わず笑みを浮かべる。元気がいいのは良いことだ。たぶん。
二人揃って陰陽寮へと戻っていくのを見送り、成明は棚へ視線を向ける。

「さて、兄の為に労働しますか」

きっと今頃は真面目に仕事に励んでいる筈の兄の姿を思い浮かべ、成明は人知れず笑みをこぼした。
これが、自分の日常なのだから、だいぶ平和なものだ。

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