短編

□兄と、弟と。
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家に帰ってからでも昌浩にでも聞いてみればいいか。
そんな事を考えていると、暦部署の方からどたばたという足音が聞こえてきた。

「む、いかん」
「博士、見つけましたよ! 成明殿、博士を捕まえてください」

同僚の暦生からの頼みに、成明は反応しなかった。言葉では。代わりに、暦生から逃げようとする兄の袂をしっかりと掴んだ。

「弟よ。兄を売るのか」
「なんとでも」
「お前だって抜け出して来ているだろうが」
「私は自分の分は終わっていますので」

その他の事をしなくても良い訳ではないが、終わってから出てきたのだから誰にも咎められない。たぶん。

「お前な……」
「博士、お戻りください。成明殿、ありがとうございます」
「いえ。では兄様、頑張ってくださいね」

兄の顔を見ない振りをして、成明は爽やかに手を振る。恨めしそうに歪んでいる気がするが気にしない気にしない。

「兄様は大変だな」

仕事をしてもやっかまれ、しなくても何かを言われる。それでも上手く立ち回る兄の姿には頭が下がるばかりだ。

「俺には向かない所業だな」

どちらかと言えば、事なかれ主義なので、物事の間をすり抜けて行く方が得意だ。
思わず苦笑を漏らして、塗籠に足を向ける。おそらくだが、今日は真面目に仕事に取り組むであろう兄の為に、資料を取って来る位はしなければ。
中々の兄孝行だと、自分の事を棚に上げているのだから始末に負えない。

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