短編

□兄と、弟と。
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筆を運んでいた腕を止めて、困ったように眉を寄せる。紙に集中していた視界の隅で、明らかに影が動いた。
暦生の目を盗んで自分の文机から離れようとするその姿を追って自らも席を立つ。

「成親兄様、どこに行くつもりですか?」

足早に追いつくと、ため息混じりにその直衣の袂を掴む。

「おお、弟よ」
「はい、弟ですよ。で、どこにいかれるんで?」
「なに、ちょっとそこまでな」

なるほど、なるほど。ちょっとそこまで行って、さぼるのか。

「兄を尊敬する弟の顔だな」
「どこがですか」
「……兄の息抜きを止めるつもりか?」
「まさか。俺も行きます」

ちょうど休憩したかった所だ。渡りに舟とはこのことだとばかりに兄の後に続く。止めるのが歴生としての仕事なのかもしれないが、それは誰かがやるからいい。

「そういえば、小姫は元気ですか?」
「あぁ、それはもう。時間を見て顔を見せてやれ。あれらも喜ぶ」
「そうします」

陰陽寮の廊を歩きながら、仄々とした兄弟の会話を繰り広げていると、違いに良く知っている声が聞こえてきた。
思わず顔を見合わせた二人は、確認するように口を開く。

「騰蛇ですよね?」
「だな」
「叫んでいましたね?」
「叫んでいたな」
「えせ陰陽師ってなんですか?」
「ああ、藤原敏次の事だろう」
「敏次って陰陽生筆頭の?」

何故にそのような呼び名で呼ばれているのだろうか。

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