定色

□風花
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台所からコトコト音がする。

温かな美味しそうな匂いがして、ギンは目を覚ました。

まだ夢の続きやろか。

懐かしい気配の主は今だに側にいるようだった。

こんな幻見れるんやったら、風邪も悪ないなァ。

等とギンはつらつらと考えていたが、蒲団も寝巻もグッショリと湿って寒くなって来たので、着替えるために立ち上がる。

それから暫くゴソゴソと箪笥を掻き交ぜていたが、そのうちにすっかり冷えてしまって大きなくしゃみが出た。


「ギン。目が覚めたの。駄目よ体冷やすとまた熱がでるよ。」


その時、間近から乱菊の声がしてギンは大層驚いて振り向いた。

幻の筈の彼女が顔をしかめて自分を見上げている

呆気に取られて見詰めていると、乱菊が一瞬目を逸らして、それからどんどんとギンの背中を押して着替えを促した。


「ほらこれ」


一度洗ってくれたのか肌着からは柔らかな匂いがしてギンは知らず口角を上げる。その顔を見上げながら、ほんの少し頬を赤らめつつ、乱菊は着替えを手伝い、それから、用意していた新しい蒲団に横になるよう急かす。


「へぇ、蒲団も干してくれたんや。」


押し入れに押し込んだままかび臭い筈の予備の寝具は、今はお日さまの匂いがして、ギンはピシッと糊の効いた真新しいシーツをかけてあるそれに潜り込みながら、その心地良さに小さく歓声をあげた。


「子供みたい。」


乱菊の呆れた様な声すら嬉しかった。
気の遠くなるほどの時間、誰として近づかせなかった筈なのに、一瞬で袂に入ってくるような彼女の暖かさが身に沁みた。

そない弱っとるんやろか。自分。

可笑しくもあったが、とりあえずこの幸運を受け入れることにした。


「なんか、腹減ったわ。」


先ほどから鼻をくすぐる匂いにギンはめったにない空腹を感じた。


「おかゆ作ってみた。食べる?」

「ん。梅干は入れんといて。」

「ガキみたいな事言わないの。」


体にいいんだから我侭言うな、などとぶうぶう文句を言いつつよそってくれた椀にギンは箸をつけながら思う。

この夢がいつまでも醒めないように。

思わず顔が歪んでいた様で、乱菊が心配そうにギンを見上げる。

鼻の奥がツンとした。


「…ほんとに馬鹿ね。あんた」


彼女がくしゃくしゃと髪をかき混ぜた。

これ以上情けない顔を見せたくなくて、ギンは急いで粥を啜る。


「あちっ。かなんわ。ボク猫舌やのに」


慌てなくてもまだ沢山あるから。

次のにはじゃこと卵も入れるね。


乱菊は急に立ち上がって台所に向った。

その耳が赤くなっているのを見つけて、ギンはなんだか可笑しくなってクツクツのどの奥で笑った。


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