定色

□未練
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気がついたら乱菊の部屋の前まで来ていた。

小さな明かりが点いている。窓に手を掛けたら、鍵は掛かっていないようだった。

構わず窓を開ける。

吃驚して声を上げるはずの彼女は、ソファに横になっていて、静かなままだ。

不法侵入やな。

思いながら、窓から入った。

彼女を見下ろしながら、怒りが高まる。

何時だって足枷や。

そう思う。

壊れてきた人を沢山見てきた。

大事なものを思うあまりに愚かな結末を選ぶ者達。

くだらない。自分はそうはならない。

決意のようなものだった。

なにも大切なものを持たなければいい。

側に置かなければいい。

そぎ落とさなければならない物。

乱菊はその象徴のようなものだった。

自分の弱さの象徴だった。

無防備に眠る彼女を見下ろしながら、壊したい衝動が昂ぶる。

自分が一体何を怖れているのか、幼い頃は解らず只怯えた。しかし、歳を経るにつれ気がついていた筈だった。

だから、意図的に遠ざけた。

自分の臆病さに歯噛みする。



鯉口を切ったその時だった。

「...ん。」

思わず手を止める。

「ギン...。」

彼女をじっと見つめたが、目は瞑ったままだ。寝言だった。起きている訳ではない。


昂ぶりが急激に落ち着いて、ギンは床に座り込んだ。

「くっ...」

声にならぬ声で嗤う。

弱さを捨てきれぬ己を嘲笑う。

自分を滅ぼすものは此処にある。確実に。

彼女の柔らかな頬にそっと触れた。

未練か...。

口角を上げて、彼は立ち上がった。

そして、もう一度、肩掛けを彼女に掛けて立ち去った。


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