定色
□金木犀
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「ギン!ギーン。」
「なんや、そんな興奮して。」
かなんわァとブツブツ呟いて、自分の手を引く少女を見やる。
「ね。ね。本当に綺麗ね。」
色々な出店の売り物。沢山の風車や手まりが揺れている。
目を輝かせて、嬉しそうに声を上げる乱菊を見るのは、この頃では本当に久しぶりだった。
知らず嬉しくなって目じりを下げている自分に気が付いて、苦笑いをする。
「ね。何か一つだけ。一つだけ買っていい?」
「だめや、食べ物無いようなったから、買お思て出てきたんやし。余計なもん買う銭を持ってない。」
そうは言ったもの、がっかりした顔で俯く乱菊を見るのは堪らなかった。懐を探っては見たけれど、みかえしたところで持ち合わせが増えている事もなく、ため息をつく。
乱菊は、暫くボクの顔を見つめて言った。
「大丈夫。ごめんね。我侭言って。」
そうよね。我慢我慢。なんてにっこり笑っている。
ボクは思わず切なくなって、
「一個や。一個だけならいいで。」
つい、口を滑らせた。
「ほんと!本当にいいの!」
乱菊の顔がパッと輝く。
どないしよ。頭の端では後悔したけれど、もう後には引けなかった。
彼女がひらひら小走りに駆ける。ボクはゆっくり後を追う。
「これ。これがいい」
乱菊が上気した顔でボクを見上げながら指差したのは狐の面だった。
「なんやの。それ。そんなんでいいの。」
ボクは呆れ顔で問い、もっと綺麗なもんが欲しかったんちゃうんとつぶやいて髪飾りや手まりの出店を眺める。
「いいの。これがいい。ギンにそっくりだから」
乱菊が本当に嬉しそうに声をたてて笑った。
並んで揺れる猫の面。
「ほな、ボクはコレが欲しい。乱菊そっくりや」
「えぇー。私、そんなにとぼけた顔してないもん」
「なんや。ボクには狐そっくりて言うたくせに、傷つくなァ」
そうして、二人、顔を見合わせてクスクス笑った。
食べもの買う銭はあらへんようになりそやな。と、ちらとは思ったが、この時間が惜しくて、切り取りたくて、ボクは二つの面を買ってしまった。
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