銀色

□流転
2ページ/7ページ





窓から見える月。


ギンの世界はそれだけだった。

体の色を失って生まれてきた彼。

家の名を汚す子だとして、人目につかないように隠されていた。

物心つく頃にはすでに、ギンの世界はこの地下牢だけだった。

昼は閉め切られている高窓だったが、夜気候のいいときだけ開けて貰える。

春と秋の二回、暫くの間だけ月が見えた。

「見とおみ。私が来れへん時は、お月様が代わりえ。」

母が昔そう言った。

だから、月を見るのがとても楽しみだった。

何時もは小さな明かりと数冊の絵本と、そして、母親がこしらえてくれた小さな人形と静かに過ごす。

大人しくしていれば、時折母が父の目を盗んで尋ねてくれた。

待ち遠しかった。



「ギンちゃん。」

優しい母の声がする。牢の戸を開けて入ってくる。

ガチャ

また、鍵を閉める音がする。

ギンはいつも後ろを向いて眠ったふりをした。

「ギンちゃん。眠ったはるの。」

母は彼が眠っているときだけ、静かに抱き上げて頬に口づけてくれる。

だから、眠ったふりをした。いつも。

彼女は彼を抱いて、背中をそっと叩いてゆっくり拍子をとって、小さな低い声で子守唄を歌う。

「甘えたサンどすなぁ」

母がクスクス笑う。

その時間が惜しかった。



父は母がギンの側に行くことを禁じていたから、見つかったら母もそしてギンも強く折檻される。だからなかなか来てはくれなかったが、それでもいつでも待っていた。

母は縫い物が好きだったから、話をしながら刺繍などをすることもあった。

薄暗い中での針仕事。

「おかあちゃん。ぼくがしたる。」

「おおきに ありがとう。」

母がにっこり笑う。

その顔が見たくて、糸通しはいつでもギンの仕事だった。



「ギンちゃん。笑ろうて。」

母が言う。

「笑ろうた顔が好きえ。」

嬉しくていつも笑っていた。


二人で過ごすだけで楽しかった。


.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ