銀色
□流転
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窓から見える月。
ギンの世界はそれだけだった。
体の色を失って生まれてきた彼。
家の名を汚す子だとして、人目につかないように隠されていた。
物心つく頃にはすでに、ギンの世界はこの地下牢だけだった。
昼は閉め切られている高窓だったが、夜気候のいいときだけ開けて貰える。
春と秋の二回、暫くの間だけ月が見えた。
「見とおみ。私が来れへん時は、お月様が代わりえ。」
母が昔そう言った。
だから、月を見るのがとても楽しみだった。
何時もは小さな明かりと数冊の絵本と、そして、母親がこしらえてくれた小さな人形と静かに過ごす。
大人しくしていれば、時折母が父の目を盗んで尋ねてくれた。
待ち遠しかった。
「ギンちゃん。」
優しい母の声がする。牢の戸を開けて入ってくる。
ガチャ
また、鍵を閉める音がする。
ギンはいつも後ろを向いて眠ったふりをした。
「ギンちゃん。眠ったはるの。」
母は彼が眠っているときだけ、静かに抱き上げて頬に口づけてくれる。
だから、眠ったふりをした。いつも。
彼女は彼を抱いて、背中をそっと叩いてゆっくり拍子をとって、小さな低い声で子守唄を歌う。
「甘えたサンどすなぁ」
母がクスクス笑う。
その時間が惜しかった。
父は母がギンの側に行くことを禁じていたから、見つかったら母もそしてギンも強く折檻される。だからなかなか来てはくれなかったが、それでもいつでも待っていた。
母は縫い物が好きだったから、話をしながら刺繍などをすることもあった。
薄暗い中での針仕事。
「おかあちゃん。ぼくがしたる。」
「おおきに ありがとう。」
母がにっこり笑う。
その顔が見たくて、糸通しはいつでもギンの仕事だった。
「ギンちゃん。笑ろうて。」
母が言う。
「笑ろうた顔が好きえ。」
嬉しくていつも笑っていた。
二人で過ごすだけで楽しかった。
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