定色
□風花
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…何や寒気がすんなァ。
隊舎からのざわめきで目が覚めたギンは、いぶかしげに頭を振った。
何時もならば、目覚めて暫くの間はうとうとと夢心地を楽しむのが慣わしだ。
が、その際にガンガンと頭の中身が揺れて頭蓋骨にぶつかる様な不快な頭痛に襲われてギンは頭を抱えた。
昔から滅多に患うという事はなかった。そんな暇はないと言いたい所だが、別にそうではなく、ただ、多少不調でも格別気にもせずウロウロしているうちに知らぬ間に治っている事が多かった。
けれども今日はどうにも様子が違う。
水でも飲もうと立ち上がろうとしたが、それすら辛く感じた。
節々が痛いし、異常に足が怠い。
これはイカン。悪い風邪もろたみたいや。
伝令神機で吉良を呼び出した。
「あア、イズル。風邪引いたみたいや。今日は休むよって頼むで」
「ええっ。今日はどうしても報告しないといけない案件が3つも…」
困り果てて叫ぶ部下の声を最後迄聞かず通信機の電源を切った。
寒気が治まらないので、箪笥を探りドテラを引っ張り出して羽織る。微かにかび臭かったがそれどころではなかった。どんどんと悪くなる体調に途方にくれた。
しもたな。薬頼んどくんやった。
思いつきはしたが、もう一度連絡を入れるのも億劫でそのまま蒲団に倒れこんだ。そうしてギンは気を失う様に寝入りついた。
……………
「薬湯煎じたから」
乱菊が声をかけた。肩で切り揃えられた柔らかな髪が揺れる。幼い顔を心配そうにしかめてギンの床の側に腰を下ろした。
「苦いからいらん」
熱で渇いた口を開いてギンは答えた。
「それでも飲まないとダメよ。小っちゃな子供じゃないんだから」
蒲団を軽くめくり彼女が頭に手を添えるから、ギンはほんの少し薄目を開けて振り返った。
すぐ目の前に乱菊の顔が近付いていて息を呑む。彼女は頓着せずにギンの額に自分の額を宛てがう。
それから柔らかな手でギンの頬をくるんだ。
柔らかな冷たい手のひらが気持ちよくて、くすぐったくて笑った。
乱菊が大きな目を顰めてそれからちょっとだけほっとしたように肩の力を緩めて立ち上がった。
ギンは見上げてもう一度笑った。
……………
あァ、熱に浮かされて幻見とるんやな。
小さい頃の温かな思い出。
朦朧とした頭を巡らせる。
ボク死ぬんやろか。
もしかして最期のご褒美?
心配そうに目を見張る彼女の愛らしい顔が目に浮かぶ。面映ゆい擽ったさを楽しみながらそう思った。
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