定色

□金銀花
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「わぁ…。すごいね」

甘い香にひかれて辿り着いた場所。

まるで金銀の滝の様に枝垂れる幾千の花に、私は思わず感嘆の声を上げた。

「良え匂いやね。」

ギンも感心して一緒に見上げた。

「スイカズラの花や。蜜甘いんやで。」

「本当!食べられるの?」

すかさず駆け寄って花を摘む。

後ろから苦笑混じりの声がする。

「金銀花ても言うんや。」

「ボク等みたいやろ…て、何や聞いてへんし。」

白と黄色の小さな花が仲良く並んで咲き乱れる枝を掴んで、振り返りギンを呼んだ。

「すごい甘い!おいしいよ。ギンも早く早く!」

「何やの。そない慌てて食べんても。腹壊すで。」

「ふん。意地悪ばっかり言ってたら、私が全部たべちゃうから。」

「はっ。そら、無理やわ。」


小径の脇の岩に腰かけて、ギンは夢中で蜜を吸う私を少しだけ心配そうに見上げる。

初夏の空は朱々と映えて、夕日がギンの髪も頬もほんのりと赤く染めていた。



…………………………



「…痛い。」

その晩、案の定お腹を壊した私は、夕飯も食べずに横になっていた。

「せやから言うたのに。」

ギンが心配そうに背中をさすってくれる。

「粥作ったけど食べる?」

「…要らない」
「ギンのバカ。嫌い。」

「何やの。ボクのせいなん?ひどいなァ。」

「そうよ。大嫌い」

痛いよぉ…と泣き言をいいながらギンを責めた。言い掛かりだとは判っていた。甘えだった。

彼はじっとして私の愚痴を聞いていたが、そのうちいたたまれなくなったのか、何も言わず小屋から出て行った。


しばらくは呆然と出入口を眺めていたが、ギンは戻らなかった。

急に寂しくなって、思わず鳴咽を漏らす。

何よ。傍に居てくれてもいいじゃない。バカ。

聞き人のいない愚痴を零す。

お腹は未だにシクシク痛んでいた。

辛いのと悲しいのとで涙が一筋流れた。


ギン。ごめんなさい。戻って来て。

一度流れ出した涙はもう止まらなかった。

痛いお腹を抱えて丸まりながら私は声を上げて泣いた。




「ほんまに泣き虫やな。キミは。」

ギンの優しい声がした。

「ギン」

思わず起き上がろうとしたけれどまだ治まらない痛みに私は顔をしかめてうずくまった。

もう、大丈夫やから。

優しい手が背中をさする。

何時も冷たい彼の手が、何だか温かくて、不思議に思いながら彼の顔を見上げた。

「あァ、これや。石温めてきたんや。」

不器用に布で包まれた塊。

痛い場所にそっとあててくれた。

驚くほど楽になった。

「ごめんなさい」

素直に言えた。

彼はクスクス笑って、

「ええよ」

そっと私のお腹に触れた。

そうして、ホッとしたようにまた笑った。

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