空色

□香る
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おはよ

やさしい声が聞こえた。

まだ夢の中かと思って手を伸ばし、やわらかな髪に指を絡めて引き寄せて。

甘い匂いがした。

ボクになじむ華やかな花と麝香の香。

胸一杯吸い込んで。

暫く楽しんでいたのだけれど、そのうちだんだん頭が冴えてきて、この状況がおかしいことに気づき呟いた。


「あァ、やってもた。」


そうしたら何時でも欲してやまない声が返る。


「何よ。失礼ね。」


決して夜が明けるまでは居ることのなかった彼女の部屋。

今は明るく陽が差し込んでいる。

夜とは印象の違う彼女の部屋に目をしばたいて、ボクは寝癖のついた頭を掻きながら声の主に顔を向けた。

彼女はもう、身支度を済ませて、

なんか飲む?コーヒーがいい?

などと、気にする様子もなく聞いてくる。

ボクはなんだか面映ゆい気持ちになって、寝乱れたシーツに顔をうずめる。


「もう、何やってるのよ。時間よ時間!」


彼女はほんの少し乱暴に布団をはぐり、


「起きなさい!」


「なんや、キミはボクの母親か?」


「っな。私がオバサンだって言いたいの。」


「いや、そんな事言うとらんし。ッ痛いやん。なにすんのや」

彼女はボクの頬を両手でつねり、豪快に笑った。


「もう。なんやの、ホンマ。」

ボクは枕をかぶって、


「まだ、眠い。」


布団に突っ伏した。

本当は、嬉しくてたまらない顔を見せたくなくて。

彼女と朝を迎える事はしてはいけないと、避けてきたから。

こんなに、穏やかな気持ちになるのは久しぶりだった。


「もう、行かなきゃ遅刻するわ。鍵は置いていくから、後で返してね」

「...ん。」


ドアが閉まる音がする。


物音がしなくなり、鳥の声だけがかすかに聞こえる。

ボクは残り香をもう一度胸一杯に吸い込んで、それから勢いよく体を起こした。




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