たんぺん
□コンビニにて
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「……岸本さん。……岸本さんか。」
藤井は先程までの夢の様な出来事を反芻しながらモップを掛けていた。
「……可愛かったなぁ、岸本さん」
毎日疲れましたと顔に書いてありそうな、クタクタの格好で弁当を買って行くサラリーマン。
藤井は彼に夢中だった。
いつからそういう目線で見ていたのか分からない。
切っ掛けすら曖昧で。
それでも藤井はいつのまにか岸本を見詰めていた。
「良かったな、あのオッサンと話せて。」
「オッサンって言うな。岸本さんと呼べ。」
ニヤニヤと話しかけて来た同じ深夜シフトの近藤をジトリと睨みつける藤井に、先程までの爽やかさは微塵も残っていなかった。
「あの申し訳無さそうに笑う顔、滅茶苦茶に泣かせてぇなぁ。」
傘を強引に渡して申し訳無さそうにありがとうとお礼を言う岸本の顔が、目に焼き付いて離れない。
岸本に見せていた好青年張りの態度は隠れてしまって。
男の貪欲な仄暗い感情を露にした精悍な顔付きに、近藤は溜め息しか出て来ない。
「明日も会えるなんて、最高過ぎる。」
「そーかよ。」
「今度は弁当ばっかりじゃ栄養が偏るから飯作ってやるって言ってみようかな。」
「……好きにしろよ。」
「明日が待ちきれねぇ。いっそ家に駆けつけようかな。」
「ストーカーみたいだぞ、それ。」
押しに弱いと知ってしまった藤井は、今後の岸本対策を締まりのない顔で立てている。
もう見ているだけじゃ物足りないと、行動に出て良かったと改めて喜びに浸る藤井に近藤の声は既に聞こえていない。
「……早く明日になんねーかなぁ。」
もっと岸本と話したい。いろんな顔を見たい。
足下がふらつく程疲れきっている体を、もっと苛めたいし抱きしめて包んであげたいとか。
そんなことばかり、岸本とレジ越しに会うたび思ってしまう。
ただのコンビニの店員と客なんて、もう戻れない。
きっと明日も疲れきった表情で、申し訳無さそうにありがとうとお礼を言われるだろうと想像しただけで顔が緩んでしまう。
外を見ると未だに降りしきる雪が夜空を覆っていた。
ちゃんと帰れたかどうか、少し心配で。
「ほんと……早く明日になんねーかなぁ。」
舞い仕切る雪がアスファルトへ重なる様に、岸本への想いだけが積もって行く。
溶けてなくなる事は、きっと無い。
おわり
店員は高校生でも大学生でもオイシイ。
サラリーマンは中堅の一番疲れる立場の30代だともっとオイシイ。
続くかもしれない。