たんぺん
□コンビニにて
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今夜は初雪が降ると、天気予報のお姉さんが言っていた。
※コンビニにて※
そんな事を今更思い出しても、見上げる暗闇からフワフワと降りしきる雪は止んでくれそうにない。
「………まいったな。」
岸本はコンビニを出て途方に暮れていた。
雨とも雪とも言いがたいみぞれが、スーツを染めて行って。
吐く息さえも木枯らしに攫われた。
残業続きでクタクタの体に、このアクシデントはキツい。
帰って食べようと温めたコンビに弁当は、既に保温を保てずに冷たくなる一方だ。
朝にはキッチリとセットした髪がハラリと落ちる。
上司には嫌味を言われ、使えない部下の後始末をして来た岸本になんの恨みがあるんだと、みぞれから雪に変わった空を睨むけど。
「……最悪だ。」
バカにした様に舞う雪は、ただただ岸本のスーツと弁当を濡らして行くのだ。
もう帰って弁当を食べるテンションすら残っていない。
「……あ、の…。」
深夜のコンビニには岸本と店員しかいなかった。
だから自分に対して声を掻けているんだと思って、うろんげに後ろを振り返る。
「これ……使います?」
すると伺う様に見詰める男の店員が、岸本へ傘を向けていた。
「……え?」
仕事帰りに立ち寄る家から近いコンビニで、行くと必ず会う店員。
とても顔立ちが整った今時の青年は、苦笑しながらどうぞと傘を差し出してきた。
「雪、酷くなってますよ。」
ただ呆然と立佇む岸本に痺れを切らしたのか、栗色に染まった肩まで伸びた髪を揺らして目の前に掲げる。
「あ、でも……。」
「忘れ物の傘ですから、気にしないでください。」
コンビニの制服すら華麗に着こなす青年は、素早く傘を開いて雪から岸本を遠ざけてくれるけど。
「申し訳ないよ。忘れた人が、取りに来るかもしれないだろ?」
「そうしたら、違う傘を渡しますよ。」
柔らかい顔立ちのくせに、押しが強いんだなぁと少しだけ気後れしていたら強引に空いていた手へと傘を持たされた。
「風邪、引かれたら困ります。」
一緒に傘の仲へ入り込んだ青年は、ゆっくりと笑って岸本を見詰める。
その真摯さにたじろいでしまうのは、きっとコンビニの店員という他人と距離が近過ぎるせいだと思いたい。
「大事なお得意さんだし。毎日来てくれないと。」
悪戯っぽい表情を見せる青年は、少年の様に無邪気で大人の様に何処か艶のあるアンバランスな雰囲気があった。
「……でも。」
「だったら、明日にでも返してもらえればいいですよ。」
ゆっくりと冷たくなった傘を持つ手を握る店員の手にドキリとした。
青年の整った顔に見惚れていた後ろめたさがあったからだ。
「だったら、いいでしょ?」
「……そう、だな。明日返しに来るよ。」
バツが悪くて目を逸らすけど、動揺し過ぎて包まれた手を離すタイミングを失ってしまった。
「はい。俺藤井っていいます。明日も居るんで。」
嬉しそうな声。
「待ってますね?」
「あ、あぁ……岸本だ。正直助かったよ藤井君。借りて行く。」
一瞬握る力が強まって、青年の熱が体に伝わる。
久しぶりの他人の体温がこんなにも身にしみるのだと、独り者の切なさがより一層増してしまって苦笑しかでない。
「ありがとう。じゃぁ、また明日。」
「ええ。……また明日。」
ゆっくりと離れて行く手に、少しだけ寂しさを覚えてしまったことに恥ずかしくて顔が火照る。
タイミングがいいのか悪いのか、深夜のくせに客が舞い込んで来て藤井と言う店員はコンビニへと戻って行った。
去り様に小首を傾げて挨拶をする青年は、どういう仕草をしても様になっていて。
今時の子は何をしても格好良いなぁと年寄りの様な感想を感じてしまった。
「……弁当、温め直すか。」
コンンビニから家路につく10分間。
冷めきった弁当が入ったレジ袋をガサガサと揺らしながら、雪が降りしきる中藤井から借りた傘をさす。
明日またあのコンビニへ出向いて、藤井に会うという約束を思い出しただけで
(藤井君…っていうのか、あの子。)
少しだけ体が暖かく感じた。