【ただいま】

□黙祷の中
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黒、赤、白……。
それぞれの色に染まった手が伸びてくる。
動けない。
首に絡み付く。
絞める、締まる、閉まる……。


【ただいま】


『うあああッツ!!』


ガバッと勢いよく起きた。
汗で服が濡れている。
……夢か。


「どうしたの?」
「嫌な夢でも見たのか?」


声をあげたせいで子供が起きてしまった。
何でもない、と言って、額に浮かんだ脂汗を拭う。
……そうか、今日か。

リキッドはもういなかったので、ちみっ子達に顔を洗いに行ってくると告げて、川に行く。
川へ着き、すぐに頭を水の中に突っ込んだ。
冷たい水で頭を冷やしたかったからで、それ以外に意味はない。
首を横に振って、水気を飛ばす。


『っあー…。冷て』
「アレク、大丈夫か?顔真っ青だぞ」
『ああ、大丈夫だ。サンキュー』


リキッドが持ってきてくれたタオルで髪を拭く。


『…あのさリキッド、今日は昼飯いらねェ』
「は?」
『ちょっと散歩行ってくる。夜までには戻るから』


タオルを返して、森の奥まで歩いて行く。
歩いていって、気がつけばいつも行くところの反対側の岬に来ていた。
淵に座って、ポケットからウォッカを出す。


『……………』


――…勝手に死んだら、僕はお前を絶対に許さないからな!


できるなら思い出したくなかった。
今日という日だけは、なぜか記憶が蒸し返してくる。
今だけは……今、俺がここにいる今だけは…思い出したくなかった。




























岬にあいつがいた。
こっちには気づいていないらしい。
目を瞑ったままじっとしていて、動く気配は全くない。
片手には、ウォッカのボトルを持っている。


「こんなとこで何やってんだ?」
『!…あァ、何だ。ハーレムか』


声をかけて、やっと気づいたらしく、振り向いた。
いつもなら近くにいなくても気づくはずなのに、今日は真横に行っても気づかなかった。


「一人酒か?」
『ああ。静かに飲みたい気分になったからな』


アレクの隣に座って、手に持っていた酒を飲む。


『……』
「1人よりも2人の方が酒はうまいぜ?」
『…そうだな』


しばらく、無言で酒を飲んだ。


『ほんとはさ、黙祷してたんだ』
「は?」


突然の言葉がそれで、意味が分からなかった。


『15年前の今日に、俺のいる軍が壊滅したから』


15年前…アレクは7歳くらいか。
多分、その時には少年兵として服役していただろう。


『今の元帥と、俺の父さん以外のみんな死んだ。この日になると、みんなが虚ろな目で俺を責める。俺の首を、絞める』
「……」
『あの時、敵を助けちまったからな』
「!!!」


俺の頭の中でパズルのようにバラバラだったキーワードがはめられていく。
15年前、軍の壊滅、敵を助けた少年…。


――何だよ、殺せって。ここに死んでるみんなは…もっと生きていたかったはずなのに…殺されたんだぞ…。なのに何で、お前は死にたい時に、殺せって言えるんだよ。


やっぱり、あのガキはお前だったのか……。


『おかしいと思うだろ?』
「…その時の敵の事は憶えてるか?」
『お前だったよ、ハーレム』
「…!じゃあ、やっぱり……」
『ああ。この島で初めて会った時から分かってた。忘れるわけがない』


そう言って、笑った。
今にも泣き出しそうな顔で。


『お前を見てすぐに殺気を出してみたけど、気付きもしないで酒飲んでんのを見たら、アホらしくなっちまった』


俺から視線を外す。
ズキン、と胸が苦しくなった気がする。


「アレク」


何故か名前を呼んでしまった。
言う事は何もないのに…。


『ハハッ、俺はもう気にしてねぇよ。こうして友達になれたわけだしな』


俺の顔から何を察したのか、アレクはそう言って立ち上がった。


『綺麗だな。ここの海は』


水平線を見ながら、そう呟いた。
俺からは、こいつの顔が見えない。


「泣いてんのか?」
『…ああ。泣いてる』


そう言って、袖口で目元を拭う。
俺は立ち上がって、アレクの前に立った。


『んだよ、見んな』


顔を見せようとしない顔を持ち上げると、目が合った。
紫のあの眼が、じっと俺を見ている。
綺麗な、深い紫色だ。


「…」


顔を近づけて、唇を合わせる。
硬直する体を抱き寄せて、逃げようとする頭をおさえる。

夢中になりかけた時、体をドンッと押され、突き放された。
アレクは顔を真っ赤にして、口を押さえている。


『お前…ッ!酔ってんのかよ!』


そう言い残して、走っていくその後ろ姿を見て、何故か笑みが浮かぶ。

絶対に手に入れてやる――…。
あの時の思いが復活した。




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