【青の鳳凰】

□L.siceraria
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『……』


瞳の中でオレンジが揺れる。
一度言ってしまえば、何度も聞かれずに済むだろうか…。
ノキは震える唇を開いた。
喉が渇く。


『おれは昔、あのオークションにかけられた』
「え…」
「……」


約400年前。
ルブニール王国を消して、賞金首となったノキは政府から逃げていた。
その逃亡生活の中、シャボンディ諸島で、人攫いに捕まったのだ。
当時、悪魔の実は食べていなかったものの風繰りは使えた。
だが、捕まってすぐに爆破装置の付いた首輪をつけられ、ノキはステージに立った。


「奴隷だったって事か……?」
『と、言うよりも愛玩動物だったけどね』


部屋は鳥かごのような檻だった。
無論、人として扱われるはずがなく、自由など皆無だった。
食事は家畜に与えるエサと同等で、衣服は剥がされ、人の言葉を発することを禁止された。


『その時期を思い出すから、オークションは嫌いなんだ』


声の震えを隠しながら、明るい口調を心掛ける。
ありもしない古傷が、全身に痛みを錯覚させる。
拳で、脚で、鞭で、剣で、銃で、頭を、肩を、腕を、腹を、脚を、殴られ、蹴られ、打たれ、斬られ、撃たれた。
その痛みが、胸を傷つける。


『この際だから、もう何もかも話すよ。今度こそ』


何もかも諦めた様に、肩を落とす。
だが、誰もが口を閉ざしたまま音を出さなかった。


「……魚人島に行けないって聞いたわ」


ナミが沈黙を破った。


『うん。やっちゃいけない事をしてしまったからね。……その様子だと、聞いたみたいだね』
「虐殺って、本当にしたのか?何かの間違いじゃないのか?」


チョッパーがノキを見上げる。
間違いだ、と言って欲しい。
目がそう訴えている。


『本当だよ』
「!」


ケイミー達の表情が強張る。
それを一瞥し、ノキは視線を落とした。


「な……何で…。仕事か…?」
『いや、これはおれがした事だ』
「差別してたのか」
『違う!』


強い口調で否定する。
ケイミーの肩が震えたのが視界に映り、再び視線をグラスへ落とした。


『……。奴隷だった時、そこには観賞用と食用の人魚や魚人がいた』
「食…っ!!?」


ケイミーは耳を塞ぎ、その上からハチがさらに手を重ねた。


『食用を捌く時はいつも解体ショーでね……新鮮な方が美味いとかなんとかでね。おれはバケツに捨てられた内臓を食べさせられた』
「やめろ!もう言うな!」
『――そこから逃げ出せて、しばらくしてから、海賊の船に乗ったんだけど、その船が魚人島に入ってね』


目の前にいる人魚達は、水槽の中で死を受け入れた表情のない奴隷と、皿に盛りつけられた“エサ”と、重なった。
人魚も魚人も天竜人も、奴隷だった過去も、全て消えて無くなれ――ノキの願いは赤色の風と青色の風が入り交じった惨劇を生んだ。


「で、でもよ、そんなことをしたら、いくらなんでも本や新聞に出るだろ。ロビンはそんなものなかったって……」
『約定を立てた時に向こうが隠蔽したのさ。それに関連する記事や書籍は全て回収して破棄された』


そして、誤報だったと上層部が流す。
その頃はまだ差別文化が残っていたせいか人魚や魚人の話など誰も聞き入れず、地上に生きる人間の中から事件は忘れ去られていった。


『おれを見て怯える人魚はたくさんいる。だから、魚人島に行けない』
「……」
『それが仲間にならない理由の一つだよ。……たくさんの人を傷つけすぎたし、殺しすぎた』


ノキはマフラーを頬まで上げて立ち上がる。
財布から小銭を取り出し、カウンターに置く。


『そろそろおれはお暇するよ。おれが隠れる必要はないんだし』
「な、おい、今出てったら危ねェぞ。海軍大将が来るんだぞ」
『ちょうど、その上から呼ばれてるんだ。行かないと、約定を破棄されそうでね』


颯爽と扉へ向かう。
そうだ、隠れる必要はない。
むしろ、軍艦の元へ向かわねばならないのだ。


「あ、あの!」


扉に手をかけたノキにケイミーが声をかける。
ノキは振り返り、向き直る。


「オークションの時、助けてくれようとしてありがとう」


全身が硬直した。
金縛りに遭った様に指先まで意識はあるのに動かない。
瞳が乾燥して瞬きをした時、ようやく身体が見えない鎖から解放され、ノキはすぐにフードを被った。


『別に…。……。…どういたしまして』


扉を開き、外へ出た。
海賊達が慌ただしく走り回っているのを眺めながら、ゆっくりと階段を下りた。


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