【青の鳳凰】

□人魚と魚人と人間と
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――足早に歩いていたのが悪いのか、それとも、あちらが無法地帯にも拘わらず悠々と“乗り物”に乗って進んでいるのが悪いのか。
どちらにせよ、これはタイミングが「悪かった」。
ノキは自分の進む方向から来る人物を視界に捉え、すぐさま膝を地面につけた。
天竜人だ。


『…』


絶対に天竜人とは鉢合わせたくなかったというのに……。
ノキは自分自身の運のなさに肩を落とした。
せめて、早く過ぎ去ってくれ。
地面を見つめながら、そう願った。
冷や汗が汗腺から涌き水の様に溢れ、全身が震えだした。


(見えただけでこのザマか…!!)


近づいてくる鎖の音が不快で、耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
あああこっちに来ないで早く行って視界に入らないで。
目を固く閉じて、音が通り過ぎるのを待つ。
それが妙に長く感じたのは、普段、充実していない時に時間が長く感じるのと全く同じで、乗り物として扱われている奴隷の1歩がやけに遅く思えた。
実際に遅いのだ。
それは仕方ないのだが、この長い時間はノキの精神を削るのには充分過ぎた。
もうすぐ彼らが前を通る。
早く!
早く、通り過ぎてくれ。
その気持ちは、簡単に打ち砕かれた。
奴隷の足がノキの目の前で止まった。
そして――…。


ドン!!


『っ!!!』


腹に、痛みが走る。
撃たれた。
ドクドクと流れる赤い血が地面に落ちる。
だが、それは1発では終わらなかった。
さらに1発、2発とノキの体にぶち込まれていく。


『っ…ゴフッ』


腹から上がった血を吐き出し、地面に倒れた。
否、倒れておいた。
ここはそうやってやり過ごした方がいいだろう。
実際、貧血もあって膝をつくのも体力的につらかった。
とりあえず、倒れたまま緑色の風を傷に当てて止血をする。


「いかがされましたか」
「こいつ、あの忌ま忌ましい鳥にそっくりで腹が立ったえ」


だから撃ったと、そう言って笑う。
その言葉をそっくりそのまま返してやりたい所だが、それはできなかった。
とにかく早く消えてくれと、そう願うばかりだった。
鎖の音が遠ざかるまで、ノキはそのまま地面に伏せていた。


『…』


少し血を流し過ぎたようで、視界が霞む。
どこか、食事処で血を生成できるものを摂取しなければ。
そう思い、立ち上がろうとする。
しかし、まだ手が震える。
もう天竜人はいなくなっただろうに、情けない体だ。
自身を叱咤した時、何者かに腕を掴まれた。
ビクリと肩を震わせて顔を上げると、そこには知った人物がいた。


「やはりお前か。ノキ」


頭を覆う仮面と、長い金髪。
それだけで、誰かわかってしまう。
“殺戮武人”の異名を持つ、ある海賊団の戦闘員だ。


『キ……キラー…』


見つかってしまった。
ルーキーが集まっているという情報を入手した時に、絶対に見つからない様にしなければと思っていた人物の一人に。


「大丈夫か」
『っえ。あ、あァ、うん…』


止血はした。
天竜人の姿はなく、震えも治まっていた。


「傷は…治したか」
『ちょっと血が足りてないけどね。何か摂取しないと』
「そうか…。生き血か」
『何で!?飲まないよ!』


思わず叫んだ後、ふとある事に気がついた。
そういえば、と。


『あのさ、腕を放してくれないかな…?』


しっかりと掴まれた腕は、振りほどける様な状態ではない。
自分に腕力がないのはわかっているので、振りほどくという選択肢はさほどの事がない限り浮かばないのだが。
しかし、放して欲しいという提案はものの見事に却下された。


「放したら逃げるだろう」
『バレた?』
「そういう顔をしてる」


どういう顔だ、という反論は胸中に留めた。
そのかわりとして、「大丈夫」という言葉を発する。


『前みたいに飛んで逃げたりしないよ』


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