【青の鳳凰】

□汚点
3ページ/9ページ


まさかここで人魚に会うなんて。
ノキは深い溜め息をついた。
人魚が嫌いというわけではない。
だが、思わず逃げてしまった。
シャボンディ諸島の近辺で会う事はないと踏んでいたのに。
だから、次の島まで船に乗ると決めたのに。
ノキは再び、先程よりも深い溜め息をついた。


『人魚かァ…』


ウォーターセブンの「彼女」はさておき、最後に人魚と関わったのはいつだったか。
特に、若い女の人魚は、いつだったか。
思い出すのも億劫だった。
もう一眠りすれば、この船にさっきの人魚はいないだろう。
勝手な推測をすると、ノキは居もしない睡魔を無理やり呼び起こそうとした。
しかし。


「ノキ!人魚だぞ!」


ルフィが扉を開けた。
それに会いたくないからここに逃げ込んだというのに、とルフィを睨む。
だが、睨まれた本人はその意味を理解出来ずに首を傾げていた。


『……。人魚なんていくらでもいるよ』
「でもタコ焼きくれる人魚はいねェだろ」
『…そりゃァ、そうだろうね』


と、人魚に会いたくない事を遠回しに表す。
しかし、遠回しすぎてルフィにはその心意を理解する事ができなかったらしい。


「タコ焼き嫌いなのか?」
『全然』


何故その様な解釈をしたのか。
ノキは呆れて溜め息をついた。


「ホラ、来いよ」
『ちょっ』


腕を掴まれ、甲板に引きずり出される。
ケイミーは首を傾げてノキを見遣る。


『…こんにちは、人魚さん』


作った笑顔は引きつっていると、自分でもわかる程だった。
下手になった、とノキは自分自身に失望と似た感情を抱く。


「こんにちはー」


しかしケイミーは気にしていない様だ。
気づいていない。
ソアリング・ノキという事に。
ここで名乗るか?
否、やめよう。
だが。


「こいつ、ノキっていうんだ」


ルフィが言ってしまった。
さらに後付けの様に、チョッパーが「情報屋なんだ」と。


「え…」


ケイミーの目の色が変わったのを、ノキは確かに見た。
驚愕と恐怖が入り混じっている。


『…』


やっぱり。
ノキの心奥はその言葉だけで埋め尽くされた。
どういう反応をするか予想はしていたが、こうも予想通りだと逆に動揺しそうになる。


『……。寝る。島に着いたら起こして』
「ちょっと待って。島に行く前に用事ができたの」


ナミが止めたのは本当にそれだけの理由なのかと、つい疑ってしまった。
ノキはその疑心を振り払い、その用事が何かを聞いた。


「ケイミーの友達が人攫い集団に捕まったらしくて。助けるって約束したから、そこに向かうわ」
『……場所は?』
「海見て」
『?』


ふと海面を見遣る。
白波が矢印を描いていた。


『成程』


シャボンディ諸島への進路から外れないのなら、とノキは少し安堵した。


『わかった。じゃあ、そこに着くまででもいいよ。おれは寝る』
「なァ、ノキ」


ルフィが医務室に向かうノキを呼び止めた。
今度はなんだ、と振り返る。


「何でお前、ケイミーから逃げてんだ?」


空気が、凍った。
シンと静まり返る甲板で、ノキはルフィを睨みつける。


『逃げる?どうして』
「だってお前、さっきから変な顔してるし、すぐに部屋ん中に行こうとしてる」
『寝たいからだよ』
「まだ隠してる事があるんだろ」


主張を無視された。
しかも、触れられたくない所を容赦なく突いてくる。
苛立ちでつい顔が引き攣る。
腹の底が熱いと感じ、わざわざ能力を使って体温を下げた。


『ないよ』
「じゃあ何で逃げるんだ?」
『逃げてない』


当然の如く嘘をつく。
ノキ自身は、ケイミーという人魚から逃げている事などすでにわかっている。


『逃げてない』


繰り返してそう言ったのは、まるで自分自身に言い聞かせている様だった。
ノキがふとケイミーを見遣ると、やはり、目の色が変わっている。


『………』


悲しい、という単語が今のノキの心情に当てはまるのだろう。
だが、仕方ない。
仕方がないのだ。
ノキは、起きてからもう何度目かわからない溜め息をついた。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ