【青の鳳凰】

□汚点
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「ノキ」


誰かが名前を呼ぶ。
この声が聞こえる様になったのは、いつからだったか。


「ノキ」


優しい声色が柔らかい余韻を残して消える。


「ノキ」


“彼女”の声だとノキが理解したのは、三度も呼ばれた後だった。
映像はない。
頭の中で音声のみが再生されている。
その声に含まれる感情は毎回変わっていた。


「ノキ」


最後に聞いたのは、喜悦と悲愁が混ざり合った、複雑なものだった。
そう、モリアの影が二人を貫いた時に彼女が言った、名前。


――…ノキ……。






















「ノキ」


ベッドの上で眠っていた。
傍にロビンがいて、ノキの体には毛布がかけられている。
いつの間に、と首を傾げる。
しかし、すぐに思い出した。
過去の話をしたのだった。
そして、逃げた。
それからここで寝たのだ。


『おはよう、ロビンちゃん』


外が暗い事は明確だったが、何となく、朝の挨拶をした。


「まだ夜中よ」


笑いながらそう言った。
ノキはそうだね、と笑って答えると、体を起こそうと肘をつく。
ロビンは咄嗟にノキの体を支えたが、驚愕で手を引きそうになった。
軽い。
確かに華奢な体ではあるが、筋肉がないわけではない。
しかし、軽すぎるのだ。
理由は明らかである。
ノキが食事を食べないとサンジが言っていた。
そのせいで血を生成できないのだ。


『もう抜けたみたいだね』


霧の海域から、と理解するまでに少しの間があった。
曖昧な返事をして、ロビンはベッドの近くに置いてある椅子に座った。


「明かり、つける?」
『このままでいいよ。充分明るいから』


窓から差す青白い光がそう言わせる。
今宵の月は真ん丸だった。


『満月だね』
「そうね」
『少し、風に当たらない?』


そう提案してみる。
それにロビンが頷くと、ベッドから立ち上がり、外に出る。
ロビンもノキについて行くと、夜風が体を震わせた。
しかし、すぐに気温が上がる。
ノキの能力だ。


「ありがとう」
『どういたしまして。暑い?大丈夫?』
「ちょうどいいわ、ありがとう。あなたは平気?」
『うん』


余裕、と言って笑ってみせたノキは、甲板の芝居に腰を下ろす。
その動きは緩慢だった。
背中に巻かれた新しい包帯を通り越し、シャツに黒いシミが出来上がっている。


「やっぱり、まだ治らないのね」
『…うん』


肯定の返事をした。
しかし、その後すぐに逆接詞を付け加える。
すぐに治す、と苦笑混じりに言う。


「……ねェ、ノキ」
『ん?』
「次の島で行ってしまうつもり?」


驚いた。
たしかにそのつもりだが、誰にも話していない事を何故わかったのだろうか。
返答に詰まる。


「…行くのね」
『……うん。おれは仲間じゃないからね』


一緒にいる理由はない、と言いたい様だ。
ロビンは少し表情を曇らせ、ノキの袖を掴んだ。


「あなたが仲間を作らない理由は知ってるわ。わかってるつもり。…だけど」
『……。…おれが一緒にいて、ロビンちゃんに利益はないよ。きっと、後悔すると思う』


ノキはそう諭してみる。
きっと、わかってくれる筈。
しかし、ロビンの反応はノキの予想とは異なっていた。
首を横に振っている。


「私はあなたに利益を求めていないし、後悔するかしないかだなんて、その時にならないとわからない」
『ロビンちゃん…』
「だから、行かないで」


袖を握る手が震えている。
昔よりだいぶ大きくなって、身長は抜かれてしまったけれど、その手はまだ自分よりも小さい。
いつでも振り払えるその手を、ノキは何もせずに見つめる。


『一生会えない訳じゃないよ。すぐに会える…と思う』


自分の言葉にだんだん自信がなくなっていき、語尾は声が小さくなった。
自分の「すぐに」は、ロビンにとって違うかもしれない。
もしかしたら、その時にはもう、ロビンは。
そこで考えるのをやめた。


『まだここのお世話になるよ』


ニコリと笑って、ロビンの手に自分の手を重ねた。


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