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□6.彼方や此方で動く歯車。
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―― 一日目 午後八時十二分――


「――!?誰だ!?」
「っとと、待ちんしゃいって。そー怖いカオで睨みなさんな」


暗がりの向こうから現れたのは、目立つ黄色いユニフォームに銀色の髪。
曲者として知られる彼――仁王の登場に、厄介だな、と桃城は内心舌打ちをした。
見たところ彼は鞄しか持っていない。銃だとかナイフだとか、武器は持っていないように見えた。
いや、それでも油断はできない。彼は本当に何をしでかすかわからない男だ。


「青学の桃城か。どーじゃ、もう誰ぞ殺したのか?」
「んなことしねーッスよ。こっちは今必死で手塚部長や大石副部長を捜してるとこッス」
「あぁ…俺も幸村達を捜してるんじゃが、まったく見つからん」


顎に手をあてて、彼は眉間に皺を寄せため息をついた。
…何故、手に何も持っていないのだろう。
それがどれだけ危険な状態であるのか、彼が理解していない筈が無いのに。
よほど役に立たない武器だったのか、それとも、防弾チョッキや救急箱などの補助的なものだったのだろうか。
桃城はポケットの中でアーミーナイフを握り直した。
自分の予想では、彼はこのゲームに乗る。
次の瞬間にも、何か仕掛けてくるかもしれない。


「…ポケットの中、何かあるんか?」


ぎゅっとナイフのグリップを強く握った途端そう問われ、桃城は思わずポケットから手を出した。
これだけ警戒心を露にしていてはそう見抜かれるのも無理はなかったかもしれない。


「……別に。何もないッスよ」
「いや、気持ちはわかるぜよ。…けどまあ、これを見んしゃい」
「…?」


仁王は自分の鞄を開くと、そこからまた鞄のようなものを取り出した。
小さめのトランクのような其れ。
仁王が桃城に向かってそれを開くと、そこにはぴかぴかと光る銀色のフォークやスプーン、ナイフ。
食事用のものだ。ナイフに一瞬びくりとしたけれど、食事用の其れでは威力はたかがしれている。
自分の持っているアーミーナイフの方が、はるかに切れ味も、硬度も優れている。
大丈夫、大丈夫だ、と桃城は自分に言い聞かせた。
仁王はため息をついて、その中のフォークを一本、手にとった。


「完璧にハズレじゃ。こんなモン渡されても、俺にはフルコースを美味く食う方法しか思いつかんわ」
「はは……災難だったッスね」
「全くじゃ。…だから桃城。お前と手を組みたい」
「……は?」


一瞬、何を言われたのかわからなかった。
手を、組む?自分と、仁王が?
仁王は変わらず、フォークをペンのように手でクルクル回して遊びながら、話を続ける。


「桃城。お前、俺よりはマシな武器を持っとるじゃろ?」
「はあ……まあ…」
「俺はな、お前の身体能力はけっこう高く買っとるんじゃ。…お前、今俺が現れたとき、厄介な奴が来た、と思ったじゃろ?」


思ったことをぴたり言い当てられ、桃城は息を呑んだ。
その通りだ。自分の勝手なイメージでしかないが、彼は躊躇というものをしない男のような気がする。
だが、逆に考えろ、と仁王は桃城に言った。


「その厄介な奴が味方になれば、心強いとは思わんか?最終日まで、俺と手を組まんか?」


――確かに、この男は敵に回すには厄介だ。
考えが読めないし、頭の回転も速い。
対して自分は、火事場の馬鹿力には自信はあったが、この手の頭脳戦となれば話は別だ。
ただがむしゃらに武器を振り回しただけでは生き残れないのがこのゲーム。
自他共に単純熱血と認める自分は、テニス以外の物事を深く考えたことなどない。
人を如何にして殺すかなど考えたくもないが、それでは自分が殺されてしまう。
仁王の奇抜な発想は大会でも見せ付けられたし、確かに味方にしてしまえば心強い。

彼の武器はたかだか食事用のナイフやフォーク。
スプーンは論外だが、たとえナイフやフォークで攻撃されても致命傷には至らないだろう。

何より、断ればそれこそ厄介なことになりそうだ。


「…良いッスよ。ただし、青学の連中は殺さないでくださいよ」
「相変わらず甘い奴じゃ」


桃城は、それを条件に、仁王の言葉に頷いた。
仁王はくっと口の端を上げ、笑った。


「桃城、お前の武器は?」
「あぁ…これッス」


さすがに躊躇ったが、見せないわけにはいかない。
桃城はポケットからナイフを取り出すと、仁王に見せた。


「ナイフか……思ったよりショボイな」
「フォークよりはマシッスよ」
「―――そうか?」


桃城が差し出して見せたナイフをぐっと掴んで、仁王は、―――桃城の右目に、フォークを突き刺した。


「あ…ァッ、づぁ……ッ!!」
「まあ、モノは使いようじゃな。コッチのナイフよりは切れ味もマシか…」
「てめッ……!―――ア゛ァッ!!」


突き立てたフォークを引き抜くと、ズルッと眼球が引きずり出された。
細長い糸状のものが一緒に出てくる。ぶちぶちと、仁王はそれをナイフで切り落とした。


「ははっ、グロ…ッ。桃城、礼を言うぜよ。どうやらコイツでも充分殺せそうじゃ」


痛みに左目も硬く瞑り、膝をついた桃城の手をとり、仁王は囁いた。
そして、フォークの先から眼球を外すと、――その手首に、躊躇いなく、力一杯にそのフォークを突き立てた。
叫びながら残された力で暴れる桃城を抑えつけながら、何度もフォークを突き刺す。


「…いや、こんなところで無駄に体力を消耗することもない、か」


ぱっと桃城の腕を放すと、今度は髪を鷲掴みにした。
桃城が持っていたアーミーナイフを首筋にあて、動脈のあたりに滑らせた。


「悪く思うなよ、桃城。―――こちとら、ペテン師じゃ」


 
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