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□4.前へ進むちから。
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テーブルに、六人分のカレーが並べられた。
ついさっきまで、現状を忘れようとするかのように皆明るく振舞っていたが、いざ毒物の入った其れを目の前にすると、誰も言葉を発しようとはしなかった。
だが、最初にスプーンを取ったのは剣太郎だった。
みるみるうちに剣太郎の目には涙が浮かび、スプーンを持つ手が震えだした。


「みんなっ……ありがとう。ぼく、六角で、みんなとっ、テニスが出来て良かった…っ!」


言い終えて、剣太郎はスプーンに山盛りに掬ったカレーを、口に運んだ。

人間が毒物を摂取するところなど、当然ながら見たことはない。何が起こるかまったくわからなかった。
佐伯は険しい表情で顔を背け、亮は奥歯を噛み締めて俯いている。
黒羽は思わず剣太郎の両肩を掴んでいた。剣太郎は、口の中のものをゆっくりと、飲み込んだ。


皆しばしそのまま固まっていたけれど、―――剣太郎に、特に変化はなかった。


「あ…あれ……?」
「剣太郎、何ともないのか…?」


黒羽が剣太郎の肩を掴んだまま、その顔を覗き込む。
顔色など、特に変化はみられなかった。


「何ともない………」
「どういうことだ…?」
「でも、解説には“即効性に非常に優れ”…って…」
「―――みんな」


静かに口を開いた樹が、テーブルの上に小瓶を置いた。
毒が入っていた褐色の小瓶。中には白い粉が入ったままだ。


「みんな…ごめん、なのね。ぼくには…出来なかったのね……」


――樹は、カレーの鍋に毒を入れることが出来なかった。
それぞれの皿にカレーを盛ったのも彼だけれど、最後の最後まで、彼には決心がつかなかった。
毒が入っていないとわかり、剣太郎はその場に座り込んだ。


「ごめん……」
「いっちゃん…いいよ。誰だって、本当に死にたいわけじゃない」
「俺は……」


口を噤んでいた天根が、低い声で言った。
視線は下を向き、拳を握り締め、誰に向かってでもなく、彼は己の望みを口にした。


「俺は……死にたくない。生きたい…!」


次いで、誰かが口を開くことはなかった。


 
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